古代原子論 - デモクリトスと万物の究極的構成要素
概説
古代原子論(Atomism)は、万物の究極的構成要素として不可分(アトモス)な微小粒子=原子(アトモン)を措定し、原子と虚空(ケノン)の二原理によって自然界のあらゆる現象を説明しようとした哲学的立場である。レウキッポス(紀元前5世紀頃)によって創始され、その弟子デモクリトス(紀元前460年頃 - 紀元前370年頃)によって体系的に発展させられた。
原子論は、ソクラテス以前の哲学者たちが追究したアルケー(万物の根源)の問題に対する最も大胆かつ先見的な回答であった。パルメニデスが存在の不変性と運動の不可能性を主張したのに対し、原子論者たちは「存在するもの」(原子)と「存在しないもの」(虚空)の両方を認めることで、存在と運動の両立を図った。
レウキッポスとデモクリトスの原子論
レウキッポスは原子論の創始者とされるが、その生涯と著作についてはほとんど知られていない。原子論を本格的に展開し、壮大な自然哲学の体系を構築したのはデモクリトスである。デモクリトスはトラキアのアブデラに生まれ、「笑う哲学者」の異名を持つ。『小宇宙秩序(ミクロス・ディアコスモス)』をはじめとする多数の著作を残したとされるが、そのほとんどは断片としてのみ伝わっている。
デモクリトスの原子論の基本原理は次の通りである。第一に、存在するものは原子と虚空のみであり、原子は不可分・不変・不生不滅の微小粒子である。第二に、原子は無限に多数存在し、形状・大きさ・配列・位置においてのみ相互に異なる。第三に、原子は虚空の中を永遠に運動し、衝突と結合によって複合物を形成する。第四に、我々が感覚的に知覚する性質(色・味・温度など)は原子の配列と運動が感覚器官に与える作用の産物であり、原子そのものには属さない。
この区分は、後にロックが「第一性質」と「第二性質」の区別として再定式化することになる。デモクリトスは「習慣(ノモス)によって甘さがあり、習慣によって苦さがあり、習慣によって温かさがあり、習慣によって冷たさがある。しかし真実(エテエー)には原子と虚空があるのみ」と述べた。
認識論と倫理学
デモクリトスの認識論は、原子論的自然学の帰結として展開される。感覚的認識は、対象の表面から剥離した原子の薄膜(エイドラ)が感覚器官に到達することによって生じる。しかし感覚は対象の真の姿(原子の配列と運動)を直接示すものではなく、「暗い認識」に過ぎない。これに対して理性的認識は「明るい認識」であり、感覚の背後にある原子的実在に到達しうる。
倫理学においてもデモクリトスは注目すべき思想を展開した。彼は魂の平静(エウテュミア)を最高善とし、欲望の節制と知的活動による精神の安定を重視した。「善き思慮(エウエスト)」によって苦痛と快楽を正しく判断し、過度の欲望を制御することが幸福への道であるとした。この思想は、後のエピクロスのアタラクシア(心の平静)の先駆となった。
エピクロスによる原子論の発展
エピクロス(紀元前341年 - 紀元前270年)はデモクリトスの原子論を継承し、重要な修正を加えた。最大の革新は「偏位(パレンクリシス / クリナメン)」の導入である。デモクリトスの原子論では原子の運動は厳密に因果的に決定されるが、エピクロスは原子が微小な角度で軌道から逸れる可能性を認めた。この偏位は、自然界における偶然性と人間の自由意志の物理的基礎を提供するものであった。
ローマのルクレティウス(紀元前99年頃 - 紀元前55年頃)は、壮大な教訓詩『事物の本性について(デ・レルム・ナトゥーラ)』においてエピクロスの原子論をラテン語で叙述し、原子論的世界観の壮麗な文学的表現を残した。この著作は中世には忘れられていたが、1417年にポッジョ・ブラッチョリーニによって再発見され、ルネサンスの自然観に大きな影響を与えた。
近代科学への影響
古代原子論は、近代科学革命において復活し、決定的な影響力を発揮した。ガッサンディ(1592年 - 1655年)はエピクロスの原子論をキリスト教と調和させる形で復興し、ボイルとニュートンの微粒子論の思想的基盤を提供した。デカルトの機械論的自然観も、虚空を否定しながらも物質を幾何学的な延長と運動に還元する点で原子論と深い親縁性を持つ。
19世紀のドルトンの化学的原子論、そして20世紀の量子力学に至る現代の原子物理学は、古代原子論の基本的直観の科学的実現とみなすことができる。もちろん、デモクリトスの「原子」と現代物理学の「原子」は概念的に大きく異なるが、不可視の微小粒子の運動と結合によって巨視的な自然現象を説明するという根本的な発想は共通している。古代原子論は、形而上学の歴史における唯物論的伝統の出発点として、また近代科学の思想的先駆として、哲学史上きわめて重要な位置を占めている。