新プラトン主義 - プロティノスの一者と流出説の哲学
概説
新プラトン主義(Neoplatonism)は、紀元後3世紀にプロティノス(204年頃 - 270年)が創始した哲学的伝統であり、プラトンの思想を独自に発展・体系化した古代哲学最後の偉大な哲学運動である。「新プラトン主義」という名称は近代の学者が付けたものであり、プロティノス自身はあくまでプラトンの忠実な解釈者を自認していた。
新プラトン主義の中核をなすのは、究極的な実在である「一者(ト・ヘン)」から万物が段階的に流出するという壮大な存在論的体系である。この流出説は、プラトンのイデア論、アリストテレスの形而上学、ストア派の宇宙論、ピュタゴラス学派の数理的世界観を統合する試みであり、古代哲学の総合的な集大成とも言える。新プラトン主義は古代末期の思想界を支配し、キリスト教神学、イスラーム哲学、中世哲学に計り知れない影響を与えた。
プロティノスの生涯
プロティノス(204年頃 - 270年)は、エジプトのリュコポリスに生まれた。28歳でアレクサンドリアの哲学教師アンモニオス・サッカスに師事し、11年間にわたって学んだ。アンモニオスのもとでプラトン哲学を深く学んだプロティノスは、東方の知恵にも関心を持ち、ゴルディアヌス3世のペルシア遠征に随行してインドやペルシアの思想に触れようとしたが、遠征の失敗により果たせなかった。
紀元後244年にローマに定住し、以後25年にわたって哲学教授活動を行った。プロティノスは弟子たちの間で深い尊敬を集め、元老院議員や皇帝ガッリエヌスの后からも敬われた。プロティノスはプラトンの『国家』に基づく理想都市「プラトノポリス」の建設をガッリエヌスに提案したが、実現には至らなかった。49歳からようやく著述を始め、54編の論文を執筆した。270年に病のため没した。
弟子のポルフュリオスがプロティノスの論文を九篇ずつ六組に編集し、『エネアデス(九つ組)』として刊行した。ポルフュリオスは師の伝記をも著し、プロティノスが「身体のうちにあることを恥じている」かのように振る舞ったと記している。
一者(ト・ヘン)
プロティノスの形而上学の頂点に立つのが「一者(ト・ヘン)」である。一者は万物の究極的な根源であり、あらゆる存在・思考・言語を超越した絶対的な単一性である。一者はいかなる属性も述語も持たない。「存在する」とさえ言えない。なぜなら、存在は一者から流出したものであり、一者は存在そのものをも超えているからである。一者について語ることは厳密には不可能であり、われわれは一者を否定的な仕方(何であるかではなく、何でないか)によってのみ指し示すことができる。
プラトンが『国家』で善のイデアを「存在と知識の彼方にある」と述べたことが、プロティノスの一者の概念の出発点となっている。一者はまた、プラトンの『パルメニデス』における「一」の議論や、アリストテレスの「不動の動者」とも関連づけられるが、プロティノスはこれらを大きく超えた独自の形而上学的原理として一者を展開した。
一者がなぜ万物を産出するのかについて、プロティノスは「完全なるものは溢れ出る」という原理を用いて説明する。一者は自らの完全性の故に、必然的にその力を外に溢れ出させる。これが流出(エマナティオ)の根本原理である。
流出説 — 一者からの存在の階層
一者から万物が生じる過程を、プロティノスは「流出(emanatio)」の比喩で説明した。太陽が光を放射しても太陽そのものは減じないように、一者はその無尽蔵の力を外に溢れ出させても、一者自身は何ら減少も変化もしない。
流出の第一段階は「ヌース(知性・精神)」の産出である。ヌースは一者から流出した最初の存在であり、思考する主体と思考される対象(イデア)の統一態である。プラトンのイデアの世界は、プロティノスにおいてはヌースの内に位置づけられる。ヌースは多数のイデアを含むが、それらは相互に浸透し合う統一的な全体をなしている。
流出の第二段階は「魂(プシュケー)」の産出である。魂はヌースから流出し、ヌースを模倣しつつも、時間の中で活動する。世界魂は宇宙全体を生命と秩序で満たし、個々の魂は世界魂から分かれて個別の身体に宿る。魂はヌースの世界を上に仰ぎ見つつ、下方の物質界を形成・統御する中間的な存在である。
流出の最終段階は「質料(ヒュレー)」であり、一者の力が最も希薄になった極限である。質料は純粋な受動性・不確定性であり、それ自体としては「非存在」に等しい。悪の原因は質料の無規定性に帰せられ、悪は積極的な力ではなく、善(一者)からの距離の結果としての欠如・欠乏である。
魂の上昇と合一(ヘノーシス)
プロティノスの哲学は、単なる理論的な存在論にとどまらない。流出の下降過程に対応して、魂が一者へと上昇・帰還する道が示される。魂は本来ヌースの世界に属するものであるが、物質界へと「下降」し、身体に結びつけられている。哲学の実践とは、魂を物質的な束縛から解放し、ヌースを経て一者との合一(ヘノーシス)へと導く上昇の過程にほかならない。
魂の上昇は段階的に進む。第一段階は倫理的な浄化(カタルシス)であり、欲望や情念から魂を浄める。第二段階は知的な観想(テオーリア)であり、形而上学的な真理の認識を通じて魂をヌースの世界へと高める。第三段階は一者との神秘的合一であり、思考や言語を超えた直接的な体験として描写される。プロティノスはこの合一を「単独者から単独者へ(モノス・プロス・モノン)」の飛翔と表現した。ポルフュリオスの伝えるところでは、プロティノスは生涯に四度この神秘的合一を体験したという。
ポルフュリオスとプロクロス
ポルフュリオス(233年頃 - 305年頃)は、プロティノスの最も重要な弟子であり、師の著作の編集者である。アリストテレスの『カテゴリー論』に対する注釈『エイサゴーゲー(序論)』は、中世論理学の標準的教科書となった。また、キリスト教に対する体系的な批判を行ったことでも知られる。
イアンブリコス(245年頃 - 325年頃)は、プロティノスの流出説をさらに精緻化し、神秘的な宗教的実践(テウルギア)を哲学に組み込んだ。一者とヌースの間にさらに多くの中間的な存在者を設定し、存在の階層をより複雑な体系へと発展させた。
プロクロス(412年 - 485年)は、アテナイのアカデメイアの最後の偉大な学頭であり、新プラトン主義の最も体系的な哲学者である。『神学綱要』において、流出・留止・帰還(モネー・プロオドス・エピストロフェー)の三項構造を存在のあらゆる段階に適用し、新プラトン主義を精密な論理的体系へと仕上げた。
後世への影響
新プラトン主義の影響は、古代末期から近代に至る西洋思想全体に広がっている。キリスト教神学では、アウグスティヌスがプロティノスの思想をキリスト教的に吸収し、神の超越性、魂の内面への転回、悪の欠如説などにプロティノスの影響が色濃く見られる。偽ディオニュシオス・アレオパギテスは、新プラトン主義的な否定神学をキリスト教に導入し、中世哲学の神秘主義の伝統に大きな影響を与えた。
イスラーム哲学においても、新プラトン主義はアル=キンディー、アル=ファーラービー、イブン・スィーナーらを通じて広く受容された。ルネサンス期には、マルシリオ・フィチーノがプロティノスの『エネアデス』をラテン語に翻訳し、ルネサンス・プラトニズムの形成に決定的な役割を果たした。近代のドイツ観念論、特にシェリングやヘーゲルの絶対者の哲学にも、新プラトン主義的な構造が認められる。