プラトン - イデア論と西洋哲学の礎を築いた古代ギリシャの哲学者
生涯
プラトン(Platon, 紀元前428年頃 - 紀元前348年頃)は、古代ギリシャのアテナイに生まれた哲学者である。本名はアリストクレスとされ、「プラトン」は「幅広い」を意味するあだ名であったと伝えられる。名門貴族の家庭に生まれ、若くして政治家を志したが、師ソクラテスとの出会いが彼の人生を決定的に変えた。
紀元前399年、ソクラテスがアテナイの法廷で死刑判決を受け、毒杯を仰いで刑死したことは、プラトンに深い衝撃を与えた。この出来事を契機に、プラトンは民主政治への不信を深め、哲学を通じて真に正しい国家と人間のあり方を探究する道を選んだ。ソクラテスの死後、プラトンはメガラ、エジプト、南イタリアなどを遍歴し、特にピュタゴラス学派の影響を受けた。
紀元前387年頃、アテナイ郊外にアカデメイア(学園)を創設し、以後40年にわたって哲学教育と研究に従事した。また、シチリア島のシュラクサイを三度訪問し、僭主ディオニュシオスの下で哲人王の理想を実現しようと試みたが、いずれも失敗に終わった。紀元前348年頃、80歳でアテナイにて没した。
イデア論
プラトン哲学の中核を成すのがイデア論(Theory of Forms)である。プラトンによれば、我々が感覚を通じて知覚する現象世界は、絶えず変化する不完全な影に過ぎない。その背後に、永遠不変で完全な実在としてのイデア(idea / eidos)の世界が存在する。例えば、現実世界に存在する個々の美しいものは、「美そのもの」というイデアを分有することによって美しいのであり、イデアこそが真の実在である。
イデア論は、感覚的世界(可視界)と知性的世界(可知界)の二元論的区分を前提とする。可視界は生成消滅する個物の領域であり、可知界は永遠不変のイデアの領域である。プラトンは『国家』における「線分の比喩」で、認識の段階を臆見(ドクサ)と知識(エピステーメー)に分け、イデアの認識こそが真の知識であると主張した。イデアの頂点に位置するのが「善のイデア」であり、それは太陽が可視界を照らすように、可知界全体に存在と認識可能性を与える根本原理とされた。
洞窟の比喩
『国家』第7巻に登場する「洞窟の比喩」は、プラトン哲学の核心を象徴的に表現した有名な寓話である。地下の洞窟に生まれたときから鎖で繋がれた囚人たちは、壁に映る影だけを見て育ち、それを実在だと信じている。ある日、一人の囚人が鎖から解放され、洞窟の外へ出ると、まばゆい太陽の光の下で真の実在を目にする。
この比喩において、洞窟は感覚的世界を、影は我々が日常的に知覚する個物を、太陽は善のイデアを象徴している。洞窟から脱出する過程は、無知から知への魂の上昇、すなわち哲学的教育の過程を表している。解放された囚人が洞窟に戻って他の囚人たちに真実を伝えようとしても信じてもらえないという描写は、真理を知った哲学者が大衆から理解されない苦境を暗示しており、師ソクラテスの運命への暗喩ともされる。
魂の三分説
プラトンは『国家』および『パイドロス』において、人間の魂(プシュケー)を三つの部分に分ける理論を展開した。第一は「理性(ロギスティコン)」であり、真理を認識し、魂全体を統御すべき最高の部分である。第二は「気概(テュモエイデス)」であり、勇気や名誉心の源泉として理性に協力する部分である。第三は「欲望(エピテュメーティコン)」であり、食欲・性欲・金銭欲など身体的な欲求を司る部分である。
『パイドロス』では、魂を御者(理性)が二頭の馬(気概と欲望)を操る馬車に喩えている。理性が気概の助けを借りて欲望を制御するとき、魂は調和を保ち、徳のある状態に至る。この魂の三分説は、プラトンの国家論における三つの階級(統治者・防衛者・生産者)の理論的根拠ともなっている。
国家論
プラトンの代表作『国家(ポリテイア)』は、「正義とは何か」という問いを出発点として、理想的な国家の構想を展開する大著である。プラトンは、魂の三分説に対応させて、国家を三つの階級に分けた。理性に対応する「統治者(哲人王)」は知恵の徳を持ち国家を統治する。気概に対応する「防衛者(軍人)」は勇気の徳をもって国家を守護する。欲望に対応する「生産者(農民・職人・商人)」は節制の徳のもとに経済活動に従事する。
プラトンの最も大胆な主張は「哲人王」の思想である。「哲学者が王となるか、王が哲学するかしない限り、国家にとっても人類にとっても不幸は止まない」という有名な言葉に集約されるように、プラトンは善のイデアを認識した哲学者こそが国家を統治すべきだと考えた。この理想国家論は、後世の政治哲学に多大な影響を与え、ユートピア思想の原型ともなった。
アカデメイア
プラトンが紀元前387年頃にアテナイ郊外に創設したアカデメイアは、西洋世界最初の高等教育機関とされる。その名は、学園が置かれた土地の守護英雄アカデモスに由来する。アカデメイアでは、哲学のみならず数学・天文学・自然学など幅広い学問が教授された。門前には「幾何学を知らざる者、入るべからず」と刻まれていたと伝えられ、数学的思考を哲学の基礎として重視するプラトンの教育理念を象徴している。アカデメイアは紀元後529年に東ローマ帝国のユスティニアヌス帝によって閉鎖されるまで、約900年にわたって存続した。
主要著作
プラトンの著作は、すべて対話篇の形式で書かれており、約30篇が現存する。主要な著作は以下の通りである。
- 『ソクラテスの弁明』 — ソクラテスの裁判における弁論を記録した初期対話篇。哲学的生の意義を問う。
- 『パイドン』 — ソクラテスの最期の日を描き、魂の不死性を論証する。イデア論の重要な展開を含む。
- 『饗宴(シュンポシオン)』 — エロス(愛)の本質を多角的に論じる。「美そのもの」への上昇の階梯が描かれる。
- 『国家(ポリテイア)』 — 正義論・国家論・教育論・存在論を包括するプラトン最大の著作。洞窟の比喩・線分の比喩・太陽の比喩を含む。
- 『パイドロス』 — 魂の本質と修辞学を論じる。馬車の比喩による魂の三分説が展開される。
- 『ティマイオス』 — プラトンの宇宙論を展開する後期対話篇。デミウルゴス(創造神)による宇宙の生成が語られる。
- 『法律』 — プラトン最後の著作。『国家』よりも現実的な法治国家の構想を展開する。
後世への影響
プラトンの思想は、西洋哲学の歴史全体にわたって計り知れない影響を及ぼした。ホワイトヘッドが「西洋哲学の歴史はプラトンへの脚注に過ぎない」と述べたのは有名である。古代においては、プロティノスが創始した新プラトン主義がプラトンの形而上学を発展させ、一者からの流出による存在の階層秩序を体系化した。
キリスト教神学においては、アウグスティヌスがプラトンの思想をキリスト教と融合させ、イデア論を神の精神における永遠の原型として再解釈した。ルネサンス期には、フィチーノによるプラトン全集のラテン語訳を契機としてプラトン主義が復興し、近代哲学にも大きな影響を与えた。現代においても、プラトンの提起した問い——実在の本質、知識の根拠、正義の本性、善き生とは何か——は哲学の中心的課題であり続けている。