アルゴリズムと自由意志 — 「おすすめ」に支配される選択
はじめに — 「自分で選んだ」という幻想
Netflixが次に観るべき映画を提案し、Spotifyが今日の気分に合う曲を選び、Amazonが「あなたへのおすすめ」を表示する。私たちは一日に無数の選択をしていますが、そのうちどれだけが本当に自分で選んだものでしょうか。
推薦アルゴリズムは、私たちの過去の行動データから未来の選好を予測し、選択肢を事前にフィルタリングします。私たちが「選んでいる」のは、すでにアルゴリズムが選んだ選択肢のなかからの選択にすぎないかもしれません。
決定論の伝統 — スピノザからラプラスへ
自由意志の問題は哲学の最も古い論争のひとつです。バルーク・デ・スピノザは、人間が「自由だ」と感じるのは自らの行為の原因を知らないからにすぎないと述べました。
人間が自分は自由だと信じるのは、自分の行動は意識するが、それを決定する原因は知らないからである。
ラプラスの悪魔 — 宇宙のすべての粒子の状態を知る知性があれば未来を完全に予測できる — という思考実験は、物理的決定論の究極的な表現でした。
推薦アルゴリズムは、ラプラスの悪魔の限定版と見ることができます。すべてを予測することはできませんが、あなたの次の行動をかなりの精度で予測することは可能になっているのです。
カントの自律と「選択のアーキテクチャ」
イマヌエル・カントは、真の自由とは自律 — 自分自身で立てた法則に従うこと — だと論じました。外的な欲望や衝動に従うことは自由ではなく、むしろ他律です。
この観点から見ると、アルゴリズムの推薦に無自覚に従うことは、カント的な意味での他律にほかなりません。アルゴリズムは私たちの欲望を分析し、その欲望に沿った選択肢を提示します。これは欲望の充足であって、理性による自律ではない。
行動経済学者のリチャード・セイラーは「選択のアーキテクチャ」という概念を提唱しました。選択肢の提示の仕方が、人々の選択を方向づける。アルゴリズムはまさに、最も精巧な「選択のアーキテクチャ」なのです。
両立論の可能性 — 制約のなかの自由
デイヴィッド・ヒュームに代表される両立論は、決定論と自由意志は矛盾しないと主張します。自由とは「何にも制約されないこと」ではなく、「外的な強制なしに自分の欲求に従って行動できること」だ、と。
この立場に立てば、アルゴリズムが選択肢を絞り込んでいても、最終的に私たちが自分の欲求に基づいて選んでいるなら、自由は保たれていることになります。
しかし問題は、アルゴリズムが欲求そのものを形成している可能性です。YouTubeのおすすめが過激なコンテンツへと段階的に誘導する「ラビットホール」現象は、欲求の形成が外部から操作されうることを示しています。
テクノロジー時代の自由意志
アルゴリズムと自由意志の問題は、以下の問いに集約されます。
- 知らないうちに操作されている状態は「自由」と呼べるか — スピノザ的な問い
- アルゴリズムに従うことは自律か他律か — カント的な問い
- 欲求そのものが外部から形成されている場合、その欲求に従うことは自由か — 両立論への挑戦
これらの問いに対する答えは、プライバシー保護やアルゴリズムの規制といった政策的議論の哲学的基盤を形成します。
おわりに
「おすすめ」を受け入れるか拒否するか。この一見些細な日常的行為のなかに、自由意志をめぐる哲学的議論の核心が潜んでいます。スピノザもカントもヒュームも、アルゴリズムの時代を予見していませんでした。しかし彼らが鍛え上げた概念装置は、まさにこの時代に最も必要とされているのです。
自由とは、必然性の洞察である。 — スピノザ