ポピュリズムと社会契約 — 民主主義の哲学的基盤を問い直す

はじめに — 「人民の声」とは何か

世界各地でポピュリズム運動が台頭しています。「私たちこそ真の人民だ」「エリートは民意を無視している」— こうした主張は、実は数百年前の哲学的議論と深く結びついています。

社会契約論は、政治的権威の正統性を「被治者の同意」に求める思想です。この思想の枠組みを通して、現代のポピュリズムを読み解いてみましょう。

ホッブズ — 安全を求めて自由を差し出す

トマス・ホッブズは、自然状態を「万人の万人に対する戦争」と描きました。人々は恐怖から逃れるために絶対的な主権者に権利を譲渡する — これがホッブズの社会契約です。

ポピュリズム指導者の多くは、社会の「混乱」や「危機」を強調します。移民がもたらす治安悪化、経済的不安定、文化的アイデンティティの喪失。こうした恐怖を煽り、「強い指導者」による秩序回復を約束する。ホッブズ的な論理が、21世紀に形を変えて作動しているのです。

ロック — 同意と抵抗権

ジョン・ロックは、ホッブズとは異なり、人民には政府が信託に反した場合に抵抗する権利があると主張しました。政治的権威は人民の同意に基づくものであり、その同意はいつでも撤回できる。

ポピュリズムのなかには、このロック的な抵抗の論理を活用するものがあります。「既存の政治家は私たちの信頼を裏切った。だから体制を変えなければならない」— これはロックの理論を民衆運動に転用したものと読めるでしょう。

しかしロックは同時に、個人の権利の不可侵性も強調しました。多数者の意志であっても、個人の生命・自由・財産を侵害することは許されない。ここにポピュリズムとロックの決定的な分岐点があります。

ルソーの「一般意志」とその危険

ジャン=ジャック・ルソーが提唱した**「一般意志」**は、ポピュリズムを理解するうえで最も重要な概念かもしれません。

一般意志とは、全員の意志の単なる総和(全体意志)ではなく、共同体全体の真の利益を志向する意志です。ルソーは、一般意志は常に正しく、誤ることがないと述べました。

この考え方には、ポピュリズムとの親和性と同時に、深刻な危険が潜んでいます。「人民の真の意志」を体現すると自称する指導者は、反対意見を「一般意志に反するもの」として排除できてしまうからです。

代議制の危機と直接民主主義の誘惑

現代のポピュリズムは、しばしば代議制民主主義への不信感を背景にしています。「政治家は自分たちの利益しか考えていない」「国民投票で直接決めるべきだ」—こうした主張は、ルソーが代議制を批判した論理と重なります。

しかし、ルソーが想定したのは小さな共和国でした。数千万、数億の人口を抱える現代国家で「一般意志」をどう形成するのか。SNSでの「いいね」は一般意志になりうるのか。ここに、古典的社会契約論が現代に突きつける難問があります。

おわりに

ポピュリズムの台頭は、社会契約の再交渉を求める動きとして読むことができます。人々が既存の政治体制に不満を抱くとき、「なぜこの権力に従わなければならないのか」という根源的な問いが浮上する。

ホッブズ、ロック、ルソーの社会契約論は、この問いに対する異なる回答です。そしてそれぞれの回答がもつ光と影を理解することは、ポピュリズムに安易に同調することも、安易に否定することも避けるための、哲学的なリテラシーを私たちに与えてくれるでしょう。

人間は自由なものとして生まれた。しかしいたるところで鉄鎖につながれている。 — ルソー