アーレント - 全体主義と人間の条件を考察した政治哲学者

生涯

ハンナ・アーレント(Hannah Arendt, 1906-1975)は、ドイツのハノーファー近郊リンデンにユダヤ系の家庭に生まれた。マールブルク大学でハイデガーに、ハイデルベルク大学でヤスパースに師事し、博士論文『アウグスティヌスにおける愛の概念』(1929年)で学位を取得した。若き日のハイデガーとの恋愛関係は、後に広く知られることとなった。

1933年にナチスの政権掌握を受けてドイツを脱出し、パリを経て1941年にアメリカに亡命した。無国籍者としての経験は、彼女の政治思想に深い刻印を残した。1951年に『全体主義の起源(The Origins of Totalitarianism)』を発表し、政治思想家としての国際的名声を確立した。1958年に『人間の条件(The Human Condition)』、1963年に『革命について』と『エルサレムのアイヒマン』を発表。ニュースクール・フォー・ソーシャル・リサーチ教授として教鞭を執りながら、精力的な著述活動を続けた。最後の主著『精神の生活』を執筆中の1975年、ニューヨークで急逝した。

全体主義の起源

『全体主義の起源』は、ナチズムとスターリニズムという20世紀の全体主義体制の本質を分析した大著である。アーレントは全体主義を、専制政治や独裁政治とは根本的に異なる、人類史上前例のない支配形態として捉えた。

同書は三部構成をとる。第一部「反ユダヤ主義」では、近代ヨーロッパにおける反ユダヤ主義の歴史的展開を分析した。第二部「帝国主義」では、19世紀後半の帝国主義的膨張が人権の理念を空洞化させ、国民国家の枠組みを破壊した過程を描いた。第三部「全体主義」では、ナチズムとスターリニズムの全体主義体制の構造を分析した。

全体主義の核心はテロルとイデオロギーにある。テロルは個人を完全に孤立化させ、人間の間の空間を消滅させる。イデオロギーは現実の多様性と偶然性を無視し、歴史の必然的な法則(人種法則あるいは階級法則)を一元的に適用する。全体主義の究極的な目標は、強制収容所に象徴されるように、人間の自発性と個性を完全に破壊し、「人間を無用にすること」にあるとアーレントは論じた。

人間の条件と活動的生

『人間の条件』は、アーレントの政治哲学の体系的な展開である。アーレントは人間の活動的生(vita activa)を三つの根本的な活動力に区分した。

**労働(labor)**は、生物学的な生命過程の維持に関わる活動であり、生命の必然性に従属する。食物の生産と消費、身体の維持に関わる反復的な営みがこれに該当する。労働の条件は「生命(life)」そのものである。

**仕事(work)**は、耐久性のある人工物の世界を製作する活動である。道具、建物、芸術作品など、自然の素材を加工して人間の住まう世界を構築する。仕事の条件は「世界性(worldliness)」である。

**活動(action)**は、物質的な事物を媒介せずに、人間相互の間で直接的に遂行される活動であり、アーレントが最も重視する活動力である。活動の条件は「複数性(plurality)」――人間が唯一的で交換不可能な存在者として複数で共生しているという事実――である。活動を通じて人間は「誰であるか(who)」を開示し、新しい始まりを世界にもたらす。

アーレントは、近代社会において労働が活動を圧倒し、公共的な政治空間が縮小してきた過程を批判的に分析した。マルクスは労働を人間の最高の活動として賛美したが、アーレントによればこれは活動的生の序列の転倒であり、近代の政治的疎外の哲学的表現にほかならない。

公共性と政治

アーレントの政治哲学の核心にあるのは、「公共性(public realm)」の理念である。公共的空間とは、複数の人間が言葉と行為を通じて互いに現れ合う場であり、政治的自由が実現される場である。アーレントはこの理念の原型を古代ギリシャのポリスに見出した。ポリスにおいて市民は、家庭(オイコス)という必然性の領域から解放されて、公共的空間(アゴラ)においてアリストテレスが言う「善き生」を実践した。

政治とは、アーレントにとって支配や暴力の行使ではなく、複数の人間が対等な立場で言論と説得を通じて共に行為することである。「権力(power)」は暴力とは根本的に異なり、人々が集まって共に行為するときにのみ生じるものである。この観点から、アーレントは全体主義のみならず、近代の官僚制的支配や消費社会における公共性の喪失をも批判した。

悪の陳腐さ

1961年、アーレントはユダヤ人大量虐殺の実行責任者アドルフ・アイヒマンのエルサレムでの裁判を傍聴し、『エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告』(1963年)を著した。アイヒマンは悪魔的な怪物ではなく、自ら思考することを放棄し、官僚的な服従の中で大量殺戮に加担した「陳腐な(banal)」人間であったとアーレントは報告した。

「悪の陳腐さ(the banality of evil)」というテーゼは、巨大な悪が必ずしも邪悪な動機から生じるのではなく、思考の欠如――自分の行為の意味を省察する能力の不在――から生じうることを示した。この洞察は激しい論争を引き起こしたが、全体主義と官僚制的悪に関する現代的な議論において不可欠の参照点となっている。

判断力の哲学

アーレントの最晩年の関心は、カントの『判断力批判』に基づく政治的判断力の理論に向けられていた。未完に終わった『精神の生活』の第三部「判断」がこの主題を扱うはずであったが、アーレントの急死により実現しなかった。カントの美的判断力(趣味判断)を政治的判断のモデルとして読み替えるアーレントの構想は、コレージュ・ド・フランスでの講義録や遺稿を通じて部分的に再構成されている。政治的判断力とは、普遍的規則を個別的事例に適用する「規定的判断力」ではなく、個別の中から普遍を発見する「反省的判断力」であり、倫理学的思考の根源に位置するものとしてアーレントは構想していた。

関連項目