ウィトゲンシュタイン - 言語と哲学の限界を探究した思想家
生涯
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(Ludwig Wittgenstein, 1889-1951)は、ウィーンの裕福な実業家の家庭に生まれた。当初は工学を学んだが、数学の基礎に関する関心からフレーゲを訪ね、その勧めにより1911年にケンブリッジ大学のバートランド・ラッセルのもとに赴いた。ラッセルはウィトゲンシュタインの哲学的才能を早くから認め、「天才の最も完璧な実例」と評した。
第一次世界大戦に志願兵として従軍し、その最中に主著『論理哲学論考(Tractatus Logico-Philosophicus)』を執筆した。1921年に出版された同書は、哲学の根本問題を最終的に解決したと確信し、ウィトゲンシュタインは哲学から離れて小学校教師や修道院の庭師として過ごした。しかし1929年にケンブリッジに戻り、前期の思想を根本的に修正する新たな哲学を展開し始めた。1939年にケンブリッジ大学教授に就任したが、1947年に辞職。1951年にケンブリッジで没した。死後出版された『哲学探究(Philosophische Untersuchungen)』(1953年)は、後期思想の主著として前期の『論考』と並ぶ重要性を持つ。
『論理哲学論考』の世界像
前期ウィトゲンシュタインの思想は、『論理哲学論考』に凝縮されている。同書は七つの基本命題と、それに付随する注釈から成る極めて圧縮的な著作である。冒頭の命題「世界は成り立っていることがらの総体である」に始まり、言語と世界の関係を論理学的に解明しようとする。
中心的な理論は「写像理論(Bildtheorie)」である。命題は事実の論理的像(Bild)であり、命題と事実は共通の論理的形式を共有することによって、命題は事実を写し取る。有意味な命題は経験的事実を記述する自然科学の命題に限られ、形而上学的・倫理的・美的な命題は世界についての事実を述べるものではない。
この分析の帰結として、ウィトゲンシュタインは「語りえぬものについては沈黙しなければならない」という有名な最終命題に至った。倫理、美学、宗教、人生の意味といった最も重要な事柄は、言語によって語ることができない。しかしそれは、それらが無意味であることを意味するのではない。語りえぬものは「示される(sich zeigen)」のであり、ウィトゲンシュタインにとって哲学の真の意義はむしろこの語りえぬ領域にこそあった。
前期から後期への転回
1929年にケンブリッジに復帰したウィトゲンシュタインは、やがて『論考』の根本的前提を疑い始めた。前期の写像理論は、言語には事実を写し取るという一つの本質的機能があると想定していた。しかし、日常言語の実際の使用を精密に観察すると、言語は命令、質問、冗談、祈り、感謝など、無限に多様な仕方で使用されており、その全てを単一の理論で説明することはできない。
この反省は、前期哲学が犯した根本的な誤りの自覚に導いた。すなわち、言語の多様な使用を無視して、言語の「本質」を探究しようとする形而上学的衝動こそが、哲学的混乱の源泉であるとウィトゲンシュタインは考えるようになった。後期哲学はこの洞察を出発点として展開される。
『哲学探究』と言語ゲーム
後期ウィトゲンシュタインの中心概念が「言語ゲーム(Sprachspiel)」である。言語の意味は、言語が使用される具体的な文脈と実践の中にある。言語の多様な使用は、それぞれが固有の規則に従う「ゲーム」に喩えられる。チェスの駒の意味がゲームの規則における役割によって決まるように、言葉の意味はそれが使用される言語ゲームの中で決まる。「語の意味とは言語におけるその使用である」というのが、後期ウィトゲンシュタインの根本的なテーゼである。
関連する重要概念が「家族的類似性(Familienähnlichkeit)」である。「ゲーム」という語を考えると、ボードゲーム、カードゲーム、球技、輪投げなど、「ゲーム」と呼ばれるものの間には共通の本質的特徴は存在しない。それらの間にあるのは、互いに重なり合い交差する類似性のネットワークであり、これを家族の成員間の類似になぞらえて「家族的類似性」と呼んだ。この概念は、本質主義的な定義への批判として、後の哲学に大きな影響を与えた。
規則遵守と私的言語論
『哲学探究』のもう一つの核心的議論は「規則遵守(Regelfolgen)」の問題である。ある規則に従うとはどういうことか。ウィトゲンシュタインは、規則の適用は解釈の連鎖によっては確保されず(なぜなら解釈もまた解釈を必要とするから)、最終的には共同体における実践の中で確立される「生活形式(Lebensform)」に基づくと論じた。
この議論と密接に関連するのが「私的言語論(Privatsprachargument)」である。自分だけが理解できる私的な言語は可能か。ウィトゲンシュタインは否定的に答える。言語が意味を持つためには、正しい使用と誤った使用の区別が成り立たなければならないが、純粋に私的な規則にはこの区別の基準がない。この議論は、デカルト以来の内省的な意識の哲学を根底から揺るがすものであり、認識論と心の哲学に深遠な影響を与えた。
哲学の治療的構想
後期ウィトゲンシュタインにとって、哲学の目的は理論を構築することではなく、言語の日常的な使用から逸脱することによって生じる概念的混乱を解消することにある。「哲学は言語が休暇をとっているときに生じる問題を扱う」のであり、哲学者の仕事は「蠅に蠅瓶からの出口を示す」ことである。この「治療的」哲学観は、哲学の本質と方法に関する根本的な再考を促すものであった。
後世への影響
ウィトゲンシュタインの思想は、20世紀の分析哲学に決定的な影響を与えた。前期の『論考』は論理実証主義のウィーン学団に霊感を与え(ウィトゲンシュタイン自身はその解釈に不満であったが)、後期の『探究』は日常言語学派(オースティン、ライル)の展開に寄与した。現代の言語哲学、心の哲学、認識論において、ウィトゲンシュタインの議論は依然として参照され続けている。