フランシス・ベーコン - 帰納法と経験的学問の創始者

生涯

フランシス・ベーコン(Francis Bacon, 1561年 - 1626年)は、ロンドンのヨーク・ハウスに生まれたイングランドの哲学者・法律家・政治家である。父ニコラス・ベーコンはエリザベス1世の大法官であり、ベーコンは政治と学問の双方に深い関わりを持つ環境で育った。12歳でケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに入学し、16歳でフランスに渡って外交官の随員を務めた。

帰国後は法律家としての道を歩みつつ、議会議員として政治活動に従事した。ジェームズ1世の治世下で急速に出世し、1618年に大法官に任じられたが、1621年に収賄の罪で弾劾され、公職を追放された。以後は著述と研究に専念し、学問の大改革の構想を精力的に推進した。1626年、冷凍保存の実験中に風邪をひき、肺炎を併発して65歳で没したと伝えられる。この逸話は、経験と実験を重視した彼の学問精神を象徴するものとして語り継がれている。

ノヴム・オルガヌム

ベーコンの主著『ノヴム・オルガヌム(Novum Organum)』(1620年)は、その書名が示すように、アリストテレスの論理学的著作群「オルガノン」に代わる新しい学問方法論を提唱した著作である。ベーコンによれば、アリストテレスの演繹的三段論法は既知の前提から結論を導く形式的な推論にすぎず、新しい知識の発見には役立たない。自然についての真の知識を獲得するためには、感覚的経験と実験に基づく帰納的方法が必要である。

『ノヴム・オルガヌム』は格言形式(アフォリズム)で書かれた二巻から成る。第一巻は学問の進歩を妨げる偏見(イドラ)の分析に充てられ、第二巻は自然の解釈のための新しい帰納法の方法論を展開する。この著作は、ベーコンが「大革新(Instauratio Magna)」と名づけた壮大な学問体系の一部として構想されたが、全体計画は未完に終わった。

四つのイドラ

ベーコンの哲学において最も有名な教説が「四つのイドラ(idola)」の理論である。イドラとは人間の知性を曇らせる先入観・偏見であり、ベーコンはこれを四種に分類した。

種族のイドラ(Idola Tribus) は、人間という種族に共通する偏見である。人間の感覚は不完全であり、知性は目的論的に自然を解釈する傾向があり、肯定的事例を過大評価して否定的事例を無視する確証バイアスを持つ。

洞窟のイドラ(Idola Specus) は、各個人に固有の偏見である。個人の教育・経験・性格・嗜好によって形成される認識の歪みであり、プラトンの洞窟の比喩に着想を得ている。人はそれぞれ固有の「洞窟」から世界を見ており、その狭い視野によって判断が歪められる。

市場のイドラ(Idola Fori) は、言語の不適切な使用から生じる偏見である。人間は言語を通じて交流するが、言葉は曖昧で不正確であり、存在しないものに名前を与えたり、同一の語で異なる事物を指示したりすることで、思考を混乱させる。

劇場のイドラ(Idola Theatri) は、哲学的体系や権威ある伝統から生じる偏見である。過去の哲学体系は演劇の作り事のように虚構の世界を構成しており、その権威を盲目的に信奉することで真の自然認識が妨げられる。

帰納法

ベーコンは単純枚挙帰納法(個別事例を列挙して一般化する素朴な帰納法)を不十分として退け、「排除による帰納法」と呼ばれる体系的な方法を提唱した。ある自然現象(「形相」)の原因を解明するために、ベーコンは三つの表を作成することを提案する。

第一は「存在と現前の表」であり、研究対象の現象が出現する事例を収集する。第二は「偏差あるいは近接における不在の表」であり、類似の条件にもかかわらず現象が出現しない事例を収集する。第三は「程度あるいは比較の表」であり、現象が強弱さまざまに出現する事例を収集し、変化の相関関係を観察する。

これらの表を比較検討することで、現象に常に伴う条件を特定し、常には伴わない条件を排除(exclusion)していく。こうして最終的に、現象の真の原因(形相)が同定される。この方法は、後のジョン・スチュアート・ミルの「一致法・差異法」に体系化され、近代の実験科学の方法論的基礎となった。

「知は力なり」と学問の実用性

「知は力なり(Scientia est potentia / Knowledge is power)」——ベーコンのこの有名な格言は、学問の目的を自然の支配と人類の福祉の増進に置く彼の実用主義的学問観を端的に表現している。中世のスコラ哲学が真理の観想を学問の目的としたのに対し、ベーコンは自然法則の知識を通じて自然を支配し、人間生活を改善することを学問の使命とした。

この実用主義的学問観は、ユートピア小説『ニュー・アトランティス』(1627年、遺稿)において理想的に描かれている。架空の島ベンサレムには「ソロモンの館」と呼ばれる研究機関が置かれ、科学者たちが体系的な実験研究を通じて自然の秘密を解明し、その知識を社会の福祉に応用している。この構想は、1660年に設立されたロンドン王立協会(Royal Society)の理念に直接的な影響を与えた。

学問の分類

ベーコンは『学問の進歩』(1605年)および『学問の尊厳と増大について』(1623年)において、人間の知的能力に基づく学問の体系的分類を提示した。記憶に基づく学問は歴史、想像力に基づく学問は詩(文学)、理性に基づく学問は哲学(自然学・神学・人間学を含む)である。この三分法は、ダランベールとディドロの『百科全書』の学問分類の基礎となり、近代の知識体系の枠組みに大きな影響を与えた。

ベーコンの学問観においては、認識論的な方法論の刷新が学問全体の革新の鍵であった。古代の権威に依拠するのではなく、経験と実験に基づいて自然を直接に探究すること——この精神は、近代科学革命の思想的基盤として計り知れない影響力を持った。

主要著作

  • 『学問の進歩』(1605年) — 学問の現状批判と体系的分類を論じた英語著作。
  • 『ノヴム・オルガヌム』(1620年) — 帰納法と四つのイドラを展開する方法論の主著。
  • 『ニュー・アトランティス』(1627年、遺稿) — 科学技術の理想社会を描くユートピア小説。
  • 『学問の尊厳と増大について』(1623年) — 『学問の進歩』の拡大ラテン語版。
  • 『随筆集(エッセイズ)』(1597-1625年) — 道徳・政治・処世に関する簡潔な随筆集。

後世への影響

ベーコンは「経験論の父」として、近代の経験主義的哲学と実験科学の理論的基礎を築いた。ロックの経験論はベーコンの精神を認識論において体系化したものであり、フランスの百科全書派はベーコンを近代的学問の先駆者として崇敬した。科学を組織的・制度的に推進するという構想は、近代の研究機関や学会の設立に影響を与え、科学と技術による社会進歩という近代的理念の源泉となった。

関連項目