ヒューム - 因果の批判と経験論を徹底した懐疑の哲学者

生涯

デイヴィッド・ヒューム(David Hume, 1711年 - 1776年)は、スコットランドのエディンバラに生まれた哲学者・歴史家である。名門の法律家の家庭に生まれ、エディンバラ大学に入学したが、正規の課程を修了せず独学で哲学研究に没頭した。自ら「文学の熱病」と呼んだ知的情熱に駆られ、18歳にして哲学の主要な着想に到達したとされる。

1734年にフランスに渡り、ラ・フレーシュ(デカルトの母校でもある)に滞在して主著『人性論(人間本性論)』を執筆した。1739年から1740年にかけて刊行された『人性論』は、ヒューム自身の言葉によれば「出版と同時に死産であった」、すなわち当初はほとんど注目されなかった。しかしヒュームは落胆せず、『人性論』の議論を平易に書き改めた『人間知性研究』(1748年)や『道徳原理研究』(1751年)を発表して名声を獲得した。

エディンバラ大学の教授職に二度応募したが、無神論の嫌疑により却下された。その後、大使館秘書としてフランスに赴き、パリの知識人社会で大いに歓迎された。晩年はエディンバラに戻り、『イングランド史』の著者として名声を博しつつ、穏やかな晩年を過ごした。1776年、腸の疾患により65歳で没した。死に臨んで宗教的改宗を求める声にも動じず、平静に最期を迎えたという。

知覚の理論:印象と観念

ヒュームの認識論は、「知覚(perception)」の分析から出発する。ヒュームは知覚を「印象(impression)」と「観念(idea)」の二種に区分した。印象とは感覚・情念・感情の直接的で鮮明な経験であり、観念とは印象の薄い模像・記憶である。すべての観念は印象に由来する——これがヒュームの経験論の根本原則である。

この原則は強力な批判的道具となる。もしある観念に対応する印象を指し示すことができなければ、その観念は無意味であるか、少なくとも疑わしいものとなる。ヒュームはこの「印象の起源」の要求を用いて、因果的必然性、物質的実体、自我の同一性といった哲学の根本概念を次々に批判的検討にかけた。

因果関係の批判

ヒュームの哲学における最も革命的な業績は、因果関係の批判である。因果関係は一般に、原因と結果の間に客観的な必然的結合が存在すると理解されている。しかしヒュームは、この「必然的結合」に対応する印象が見出せないと論じた。

我々が実際に経験するのは、(1)原因と結果の空間的近接、(2)時間的先行、(3)恒常的連接(constant conjunction)、すなわち類似の事例が繰り返し観察されるという事実のみである。火が熱を生じさせるという因果判断において、我々が知覚するのは火と熱の恒常的連接であって、火と熱を結ぶ「必然的結合」なるものは知覚されない。因果的必然性の観念は、反復経験に基づく心の習慣的期待が客観化されたものにすぎない。

この議論は形而上学と自然科学の基礎を根底から揺るがすものであった。カントは後にヒュームの因果性批判によって「独断のまどろみから目を覚まされた」と述べている。

帰納問題

因果関係の批判と密接に関連するのが、帰納法の正当化をめぐる「帰納問題(Problem of Induction)」である。帰納法とは、観察された個別事例から普遍的法則を導出する推論方法であり、自然科学の基本的な方法論である。しかしヒュームは、帰納法の合理的正当化が不可能であることを示した。

過去の経験が未来にも当てはまるという想定(自然の斉一性の原理)は、それ自体が帰納的推論に依拠しており、帰納法によって帰納法を正当化するのは循環論法である。また、この原理は論理的必然性を持たず、自然の斉一性が明日突然崩れる可能性を論理的に排除することはできない。ヒュームは帰納的推論の根拠を理性ではなく「習慣(custom)」あるいは「慣習(habit)」に求めた。我々が未来の出来事を予測するのは、過去の反復経験によって形成された心理的傾向に従っているのであり、論理的な根拠に基づいているのではない。

自我論:知覚の束

ヒュームはロックやデカルトが前提とした「自我」の実体性をも批判した。内観によって見出されるのは、つねに何らかの個別的な知覚——痛み、快楽、色、音——であり、知覚を離れた「自我そのもの」なる印象は見出されない。したがって自我とは、絶えず流動する知覚の束(bundle of perceptions)にすぎず、それらの背後に持続する実体的な自我は存在しない。

この「知覚の束」としての自我論は、人格の同一性の根拠を危うくする。ヒューム自身も『人性論』の付録において、知覚の束に統一性を与える原理を十分に説明できていないことを率直に認めている。この問題は後の現象学や分析哲学における自我論に深い影響を与えた。

道徳哲学と情念の役割

ヒュームの倫理学は、「理性は情念の奴隷であり、また奴隷であるべきである」という挑発的なテーゼで知られる。道徳的判断は理性ではなく道徳感情(moral sentiment)に基づくというのがヒュームの主張である。理性は事実の認識と推論に関わるのみであり、行為の動機を与えることも道徳的善悪を判定することもできない。

我々がある行為を有徳と感じるのは、その行為を観察したときに快い感情(是認の情)が生じるからであり、悪徳と感じるのは不快な感情(否認の情)が生じるからである。この道徳感情は個人の恣意的な好みではなく、人間本性に共通する「共感(sympathy)」の原理に基づいている。ヒュームの道徳感情論は、友人アダム・スミスの『道徳感情論』に継承・発展された。

宗教批判と自然主義

ヒュームは宗教に対しても鋭い批判を展開した。『自然宗教に関する対話』(遺稿、1779年出版)では、宇宙の設計から神の存在を推論する設計論証を徹底的に批判した。また『奇蹟論』(『人間知性研究』第10章)では、奇蹟の証言を信じることの合理性を否定した。奇蹟とは自然法則の違反であり、自然法則は広範な経験によって確立されている以上、奇蹟の証言に対しては常に反対の証拠が圧倒的に優越する。

ヒュームの哲学全体を貫くのは「自然主義」の立場である。人間の認識・感情・道徳を超自然的な原理ではなく、人間本性の自然な働きとして説明しようとするこの姿勢は、近代の経験科学と世俗的な知的文化の基盤を提供した。

主要著作

  • 『人性論』(1739-40年) — ヒューム哲学の体系的主著。認識論・情念論・道徳論の三巻から成る。
  • 『人間知性研究』(1748年) — 『人性論』第一巻を改訂・簡潔化した認識論の著作。因果論と帰納問題を含む。
  • 『道徳原理研究』(1751年) — 道徳感情論を改訂・洗練した倫理学の著作。
  • 『自然宗教に関する対話』(1779年、遺稿) — 設計論証を批判する宗教哲学の対話篇。
  • 『イングランド史』(1754-61年) — 六巻本のイングランド通史。ヒュームの生前の名声は主にこの著作による。

後世への影響

ヒュームはイギリス経験論を完成させるとともに、近代哲学の方向を決定的に転換させた。カントの批判哲学はヒュームの懐疑論への応答として構想され、論理実証主義はヒュームの意味論的基準を先駆として位置づけた。ポパーの反証主義もヒュームの帰納問題を出発点としている。現代の認知科学・進化心理学における自然主義的アプローチにも、ヒュームの人間本性の科学という構想の精神が脈打っている。

関連項目