ライプニッツ - モナド論と予定調和の哲学者
生涯
ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(Gottfried Wilhelm Leibniz, 1646年 - 1716年)は、ライプツィヒに生まれた哲学者・数学者・法学者であり、西洋思想史上最も多才な知識人の一人とされる。父はライプツィヒ大学の道徳哲学教授であったが、ライプニッツが6歳のときに没した。幼少期から父の書斎でラテン語の古典を読み漁り、15歳でライプツィヒ大学に入学、20歳でアルトドルフ大学から法学博士号を取得した。
大学で学問的キャリアを積む道を選ばず、マインツ選帝侯の外交顧問として政治活動に従事し、その後ハノーファー公家に仕えて40年にわたり顧問・図書館長・歴史編纂官を務めた。この間、ヨーロッパ各地を旅してスピノザ、ホイヘンス、ニュートンなど当代の知識人と交流した。晩年は微積分法の発見をめぐるニュートンとの優先権論争に巻き込まれ、政治的にも孤立した。1716年、ハノーファーで70歳にて没した。葬儀にはほぼ誰も参列しなかったという。
モナド論
ライプニッツの形而上学の中核をなすのがモナド論(Monadologie)である。モナド(monas)とは、分割不可能な単純実体であり、世界を構成する究極的な単位である。デカルトが実体を思考と延長の二種に区分し、スピノザが唯一の実体を措定したのに対し、ライプニッツは無限に多くのモナドの存在を主張した。
モナドには「窓がない」、すなわち外部からの因果的影響を受けず、外部に因果的影響を及ぼすこともない。各モナドは内的原理に従って自発的に変化し、それぞれ固有の観点から宇宙全体を表象(知覚)する。モナドには等級があり、最も低い段階は暗い知覚のみを持つ裸のモナド、中間段階は記憶を持つ動物的魂、最高段階は理性的認識を持つ精神(人間の魂)である。すべてのモナドの頂点に立つのが神、すなわち最高のモナドである。
予定調和
モナドに窓がなく、モナド間に直接的な因果関係が存在しないにもかかわらず、世界に秩序と調和が成り立っているのはなぜか。ライプニッツはこの問いに「予定調和(harmonia praestabilita)」の理論で答えた。神が世界創造の際に、すべてのモナドをあらかじめ互いに調和するように設定したのである。
ライプニッツはこれを二つの時計の比喩で説明する。二つの時計が常に同じ時刻を指すのは、(1)一方が他方を動かすから(相互作用説)でも、(2)時計師が常に調整しているから(機会原因論)でもなく、(3)最初から完全に一致するように作られたから(予定調和)である。心身関係もこの予定調和によって説明される。精神と身体が対応するのは、両者が相互作用するからではなく、神が創造の時点で両者を完全に調和させたからである。
最善世界説と弁神論
ライプニッツの弁神論(Théodicée)は、全知全能にして善なる神が創造した世界になぜ悪が存在するのかという問題に取り組む。ライプニッツの答えは、現実の世界は「すべての可能的世界の中で最善の世界(le meilleur des mondes possibles)」であるというものである。神はその無限の知性によってすべての可能的世界を考察し、その無限の善意によって最善の世界を選択し、その無限の力によってそれを実現した。
悪の存在は最善の世界全体の調和に不可欠な要素であり、局所的な悪はより大きな善の条件として許容される。この最善世界説は、ヴォルテールが小説『カンディード』において「すべては最善である」と繰り返すパングロス博士の姿を通じて痛烈に風刺したことでも知られる。しかしライプニッツの議論は単純な楽観主義ではなく、世界の存在に対する合理的根拠の探究という深い形而上学的動機に基づくものであった。
充足理由律と論理学
ライプニッツは論理学において、二つの根本原理を定式化した。第一は矛盾律、すなわち矛盾を含む命題は偽であり、矛盾の反対は真であるという原理。第二は充足理由律(principium rationis sufficientis)、すなわちいかなる事実も、なぜそれが他のようではなくそのようであるかについて十分な理由を持つという原理である。
充足理由律は必然的真理と偶然的真理の区別に結びつく。必然的真理(数学・論理学の真理)はその否定が矛盾を含む「理性の真理」であり、偶然的真理(事実に関する真理)はその否定が矛盾を含まないが充足理由によって根拠づけられる「事実の真理」である。ライプニッツはまた、普遍的な記号体系(characteristica universalis)と推論計算(calculus ratiocinator)の構想を提唱し、現代の記号論理学と計算機科学の先駆者となった。
微積分と数学的業績
ライプニッツは哲学者であると同時に第一級の数学者でもあった。1670年代に独自に微積分法を開発し、1684年に世界で初めて微分法を、1686年に積分法を公刊した。ニュートンも独立に微積分法を発見していたが、出版はライプニッツの方が先であり、両者の間で激しい優先権論争が生じた。今日では、両者がそれぞれ独立に発見したものと認められている。
ライプニッツの記法(dx, dy, ∫)はニュートンの記法よりも使いやすく、現在の微積分学で標準的に使用されている。さらに、二進法の体系を整備し、機械式計算機を改良し、組合せ論やトポロジーの基礎的着想を提示するなど、数学のさまざまな分野に先駆的な貢献を果たした。
主要著作
- 『モナドロジー』(1714年) — モナド論を簡潔に要約した代表的著作。90の節から成る。
- 『弁神論』(1710年) — 神の正義と悪の問題を論じた唯一の生前刊行の大著。最善世界説を展開。
- 『人間知性新論』(1704年執筆、1765年出版) — ロックの『人間悟性論』への反論として経験論を批判。
- 『形而上学叙説』(1686年) — 個体的実体の概念を中心にライプニッツ形而上学の基本構想を展開。
- 書簡集 — アルノーやクラークとの往復書簡に哲学的見解が詳述されている。
後世への影響
ライプニッツの思想は、18世紀のヴォルフ学派を通じてドイツ啓蒙思想の基盤となり、カントの批判哲学の重要な前提を形成した。論理学における普遍記号法の構想は、フレーゲやラッセルの記号論理学、さらにはコンピュータ科学の理論的基礎に連なる。可能世界の概念は、現代の様相論理学における中心的な道具立てとして復活している。