スコットランド啓蒙 - ヒュームとスミスの知的革命
概要
スコットランド啓蒙(Scottish Enlightenment)は、18世紀のスコットランド、特にエディンバラとグラスゴーを中心に展開された知的運動であり、哲学・経済学・歴史学・自然科学・医学にわたる広範な学問的発展を生み出した。1707年のイングランドとの合同法以後、政治的中心を失ったスコットランドにおいて、大学と知識人のネットワークが知的創造の拠点となった。
スコットランド啓蒙の特徴は、フランス啓蒙思想が宗教的権威と政治的専制への批判に重点を置いたのに対し、人間本性の科学的探究と、道徳・社会・経済の経験的分析に力点を置いた点にある。その哲学的基盤はイギリス経験論の伝統であり、特にロックの認識論を批判的に発展させた。
デイヴィッド・ヒューム
デイヴィッド・ヒューム(David Hume, 1711年 - 1776年)は、スコットランド啓蒙の最も重要な哲学者であり、西洋哲学史における経験論の最も徹底した展開者である。主著『人間本性論(A Treatise of Human Nature)』(1739-40年)および『人間知性研究(An Enquiry Concerning Human Understanding)』(1748年)において、人間の認識と道徳の経験的基礎を探究した。
ヒュームの認識論は、すべての知識の源泉を経験に求め、経験を超えた形而上学的主張に対する徹底的な懐疑を展開した。特に因果関係の分析は哲学史上の画期をなす。ヒュームによれば、因果関係は対象間の必然的結合ではなく、恒常的連接の経験に基づく心の習慣にすぎない。我々は原因と結果の間の必然的なつながりを観察することはできず、繰り返しの経験から生じる心理的期待が因果的推論の基盤である。この因果論批判は、カントが「独断のまどろみ」から覚醒する契機となったことで有名である。
倫理学においてヒュームは、道徳的判断は理性ではなく感情(moral sentiment)に基づくと主張した。「理性は情念の奴隷であり、またそうあるべきである」という有名な命題は、道徳の基盤を理性から感情へと転換するものであった。善悪の判断は、行為や性格が引き起こす快・不快の感情——特に共感(sympathy)の機能を通じて他者の感情を追体験する能力——に由来する。
フランシス・ハチスン
フランシス・ハチスン(Francis Hutcheson, 1694年 - 1746年)は、スコットランド啓蒙の先駆者であり、道徳感覚論(moral sense theory)の体系的な展開者である。グラスゴー大学の道徳哲学教授として、ヒュームやスミスの世代に大きな影響を与えた。
ハチスンは、シャフツベリの道徳感覚の概念を発展させ、人間には善悪を直覚的に知覚する固有の道徳感覚(moral sense)が備わっていると主張した。道徳感覚は視覚や聴覚と同様の感覚能力であり、行為の道徳的性質を直接的に把握する。ハチスンはまた、「最大多数の最大幸福」という表現を用いた最初の思想家として知られ、功利主義の先駆とも位置づけられる。この道徳感覚論は、合理論的な倫理学に対する経験論的な代替として、スコットランド啓蒙の倫理学的基盤を形成した。
アダム・スミス
アダム・スミス(Adam Smith, 1723年 - 1790年)は、道徳哲学者であると同時に近代経済学の創始者として知られる。グラスゴー大学でハチスンに学び、同大学の道徳哲学教授を務めた。
1759年に公刊された『道徳感情論(The Theory of Moral Sentiments)』は、スミスの道徳哲学の主著である。スミスはヒュームの共感論を発展させ、「公平な観察者(impartial spectator)」の概念を道徳判断の中核に据えた。我々は他者の行為を評価するとき、想像力によってその立場に身を置き、公平な観察者がどのような感情を抱くかを基準として道徳的判断を下す。この理論は、道徳の基盤を普遍的な理性ではなく、想像力に媒介された共感の能力に求めるものであり、倫理学の歴史における重要な転回であった。
1776年に公刊された『国富論(An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations)』は、近代経済学の出発点となった著作である。スミスは分業・自由市場・「見えざる手」の原理を論じ、個々人が自己利益を追求することが社会全体の繁栄をもたらすメカニズムを解明した。重要なのは、『国富論』と『道徳感情論』は矛盾するのではなく、人間本性の多面的な把握として統一的に理解されるべきだという点である。
トマス・リードと常識学派
トマス・リード(Thomas Reid, 1710年 - 1796年)は、ヒュームの懐疑論に対する批判から出発し、スコットランド常識学派(Scottish School of Common Sense)を創始した。リードはヒュームの議論が、ロックに始まる「観念の道(way of ideas)」の前提——すなわち我々が直接的に知覚するのは外的対象ではなく心の内の観念であるという前提——から生じていると診断した。
リードはこの前提を拒否し、知覚は外的対象を直接的に把握するものであるという直接実在論を主張した。また、人間の認識は一連の自明な常識的原理(principles of common sense)に基礎づけられており、哲学的懐疑はこれらの原理を不当に疑うものであると論じた。リードの常識哲学は、認識論における有力な立場として後世に影響を与え、プラグマティズムの先駆の一つとも評価されている。
スコットランド啓蒙の遺産
スコットランド啓蒙は、近代の人文・社会科学の形成に多大な貢献をなした。ヒュームの因果論批判はカントの批判哲学を触発し、スミスの経済学はリカードやマルクスを経て近代経済学の全体に浸透した。道徳感覚論の伝統は、功利主義の発展を準備し、現代の道徳心理学にも影響を与えている。ファーガスンの『市民社会史論』は社会学の先駆的著作とされ、ウィリアム・ロバートソンの歴史叙述は近代歴史学の方法論的基盤を形成した。
スコットランド啓蒙の知的遺産は、プラトンやアリストテレスの古代ギリシャ哲学の伝統を近代的な経験科学の方法によって刷新し、人間本性と社会の科学的理解を追究した点にその本質がある。