アウグスティヌス - 告白録と神の国で西洋思想を形成した教父

生涯

アウレリウス・アウグスティヌス(Aurelius Augustinus, 354年 - 430年)は、北アフリカのタガステ(現アルジェリア)に生まれたキリスト教の神学者・哲学者である。父パトリキウスは異教徒、母モニカは敬虔なキリスト教徒であった。青年期のアウグスティヌスは修辞学を学びながら放蕩な生活を送り、マニ教に傾倒した。カルタゴ、ローマを経てミラノに移り、修辞学教師として活動する中で、ミラノ司教アンブロシウスの説教に触れ、新プラトン主義の著作を読んだことが転機となった。

386年、ミラノの庭園で「取りて読め(トッレ・レゲ)」という子供の声を聞き、聖パウロの書簡を開いたことで劇的な回心を経験した。387年に洗礼を受け、391年にヒッポ・レギウスの司祭、396年には同地の司教に任ぜられた。以後、生涯をヒッポで過ごし、膨大な著作を残しながら430年にヴァンダル族の包囲の中で没した。

告白録

『告白録』(Confessiones, 397年頃)は、西洋文学史上最初の自叙伝的著作であり、アウグスティヌスの代表作である。全13巻から成り、前9巻は自らの生涯を神への告白として語り、後4巻は記憶・時間・創造について哲学的考察を展開する。青年期の放蕩、マニ教への傾倒、プラトン主義との出会い、そして劇的な回心の過程が、神の恩寵への感謝と自己の罪の告白として綴られている。

「主よ、あなたは私たちをご自身に向けてお造りになりました。私たちの心はあなたのうちに憩うまで安らぐことがありません」という冒頭の一節は、アウグスティヌスの思想全体を貫く根本的な直観を表現している。人間の魂は神に向かって造られた存在であり、地上のいかなるものによっても究極的な満足を得ることはできないという洞察は、後世の実存主義的思考にも通じるものがある。

神の国

『神の国』(De Civitate Dei, 413年 - 426年)は、全22巻に及ぶアウグスティヌス最大の著作であり、キリスト教的歴史哲学の基礎を築いた記念碑的作品である。410年の西ゴート族によるローマ劫掠を契機に、キリスト教がローマの衰退の原因だとする異教徒の批判に応答する形で執筆された。

アウグスティヌスは、人類の歴史を「神の国」と「地の国」という二つの国の闘争として描いた。神の国は神への愛によって結ばれた共同体であり、地の国は自己愛によって支配される共同体である。この二つの国は地上では混在しており、歴史の終末においてはじめて完全に分離される。この歴史観は、古代の循環的歴史観を克服し、歴史に方向性と目的を与える直線的歴史観を確立した点で画期的であった。

時間論

アウグスティヌスの時間論は、『告白録』第11巻に展開された哲学史上もっとも深遠な時間の考察の一つである。「時間とは何か。誰も私に尋ねなければ、私は知っている。しかし尋ねる人に説明しようとすると、私は知らない」という有名な言葉に始まる考察は、時間の本質をめぐる哲学的難問を鋭く提起する。

過去はもはや存在せず、未来はまだ存在せず、現在は瞬間的に過ぎ去る。ならば時間とは何であるか。アウグスティヌスは、時間を魂の「延伸(distentio animi)」として捉えた。過去は記憶として、現在は直観として、未来は期待として、すべて魂の現在的な活動の中に存在する。時間は外的な客観的実在ではなく、魂の内的な経験として理解されるべきものである。この主観主義的時間論は、後のカントの超越論的観念論や現象学的時間論に先駆けるものとして評価される。

自由意志論と恩寵論

アウグスティヌスは、倫理学上の重要な問題として自由意志と恩寵の関係を深く探究した。初期の著作『自由意志論』(De Libero Arbitrio)では、悪の起源を神ではなく人間の自由意志に帰し、人間は自らの意志によって善を選ぶことも悪を選ぶこともできると主張した。この議論は、全能善なる神の存在と悪の存在の両立可能性を論じる神義論の古典的定式となった。

しかし晩年、ペラギウス論争を通じて、アウグスティヌスの立場は大きく変化した。ペラギウスは、人間は自力で善を行い救済に到達できると主張したが、アウグスティヌスはこれに激しく反論した。アダムの原罪によって人間の本性は根本的に損傷されており、神の恩寵なしには人間は善を行うことも救済を得ることもできないと主張した。この恩寵論は、後のルターやカルヴァンの宗教改革に決定的な影響を与えた。

認識論と照明説

アウグスティヌスの認識論は、プラトンのイデア論と新プラトン主義を基礎としつつも、キリスト教的な独自の展開を遂げた。プラトンが想起説によって知識の起源を説明したのに対し、アウグスティヌスは「照明説」を提唱した。人間が永遠不変の真理を認識できるのは、神の知的な光が魂を照らすからである。真理は人間の精神の内に見出されるが、その根拠は人間自身ではなく、精神を超越した神の照明にある。

「外に出るな。汝自身の内に帰れ。内的人間のうちに真理は宿る」という有名な言葉は、アウグスティヌスの内面性の哲学を象徴している。懐疑論に対しては、「私が欺かれるとしても、私は存在する(Si fallor, sum)」という論証を展開し、自己意識の確実性を主張した。この論証は、デカルトの「コギト・エルゴ・スム」の先駆として知られる。

後世への影響

アウグスティヌスは西洋思想史において比類なき影響力を持つ人物である。中世においては、スコラ哲学の基礎を提供し、特にトマス・アクィナス以前のキリスト教哲学の主流はアウグスティヌス主義であった。形而上学における善の存在論、倫理学における恩寵と自由意志の問題、認識論における照明説は、中世哲学の基本的な枠組みを形成した。近代においても、デカルトの方法的懐疑やパスカルの宗教思想にアウグスティヌスの影響が認められる。

関連項目