マイモニデス - 迷える者への導きとユダヤ哲学の最高峰
生涯
モーシェ・ベン・マイモーン(Moshe ben Maimon)、ラテン名マイモニデス(Maimonides, 1138年 - 1204年)は、スペインのコルドバに生まれたユダヤ教の律法学者・哲学者・医学者である。ユダヤ教の伝統においては頭文字をとって「ラムバム(RaMBaM)」と称される。「モーセからモーセに至るまで、モーセのような者はいなかった」と讃えられ、旧約聖書の預言者モーセ以来の最大のユダヤ人知識人と評価される。
1148年、ムワッヒド朝の征服に伴うユダヤ教徒迫害を逃れて家族とともにコルドバを去り、モロッコのフェズ、パレスチナを経て、1165年頃にエジプトのフスタート(カイロ近郊)に定住した。弟の死後、サラーフ・アッディーン(サラディン)に仕える宮廷医として生計を立てながら、膨大な学問的著作に従事した。エジプトのユダヤ人共同体の指導者(ナーギード)としても活動し、各地のユダヤ人共同体からの問い合わせに書簡で応答した。1204年にフスタートで没し、遺体はティベリアに運ばれて埋葬された。
ミシュネー・トーラー
マイモニデスの律法学的主著である『ミシュネー・トーラー(律法の反復)』(1170年 - 1180年)は、ユダヤ律法(ハラハー)の全体を体系的に編纂した全14巻の大著である。タルムードの膨大で複雑な議論を明快なヘブライ語で整理・分類し、すべてのユダヤ律法を主題別に体系化した点で画期的であった。
この著作の冒頭部分「知識の書(セフェル・ハ・マッダー)」は、哲学的な内容を含み、神の存在と唯一性、偶像崇拝の禁止、悔い改め、律法学習の義務などを論じている。マイモニデスはここで、神の認識を律法の最も根本的な命令として位置づけ、哲学的探究と律法遵守の統合を示した。
また、マイモニデスはユダヤ教の信仰の核心を「十三条の信仰箇条」として定式化した。神の存在、神の唯一性、神の非身体性、神の永遠性、神のみへの祈り、預言、モーセの預言の卓越性、律法の神的起源、律法の不変性、神の全知、賞罰、メシアの到来、死者の復活がその内容であり、現在もユダヤ教の礼拝で唱えられている。
迷える者への導き
マイモニデスの哲学的主著『迷える者への導き(ダラーラト・アル・ハーイリーン / モーレー・ネヴーヒーム)』(1190年頃)は、アラビア語で執筆され、ヘブライ語やラテン語に翻訳されて広く読まれた。この著作は、アリストテレス哲学とユダヤ教の聖書の教えの間で知的な困惑(迷い)を覚える教養あるユダヤ人を主な読者として想定している。
全3部から構成され、第1部は聖書における神人同形的表現の哲学的解釈と否定神学を論じ、第2部は神の存在証明、天使論、預言論を展開し、第3部は神の摂理、悪の問題、律法の理由(ターアメー・ハ・ミツヴォート)を論じる。マイモニデスは、聖書の文字通りの意味と哲学的真理の間の緊張を、寓意的解釈の方法によって解消しようとした。
否定神学
マイモニデスの形而上学の中核をなすのが、否定神学(神学的否定主義, via negativa)の徹底的な展開である。マイモニデスによれば、神の本質は人間の知性によって積極的に認識することが原理的に不可能であり、神について肯定的な属性を述語することはできない。「神は善である」「神は知恵がある」といった肯定的表現は、厳密には神の本質を記述するものではなく、神に欠如がないことを否定的に表現するものとして理解されなければならない。
「神は存在する」は「神は非存在ではない」を意味し、「神は力がある」は「神は無力ではない」を意味する。肯定的属性は被造物の間の類比に基づくものであり、無限にして超越的な神の本質には適用できない。神についてより多くの否定的属性を知ることが、神についてのより深い認識に至る道であるとマイモニデスは主張した。
この否定神学は、新プラトン主義の伝統に連なるものであるが、マイモニデスはこれを聖書の神概念と結合させ、偶像崇拝の根本的批判の哲学的基礎としても位置づけた。トマス・アクィナスは、マイモニデスの否定神学を部分的に受容しつつ、類比の理論によってこれを補完した。
神の存在証明と創造論
マイモニデスは、『迷える者への導き』第2部においてアリストテレスの自然学と形而上学に基づく神の存在証明を展開した。25の哲学的前提から出発して、第一動者、第一原因、必然的存在者の存在を論証する。この論証は、アリストテレスとアヴィセンナの議論を統合したものであり、後のトマス・アクィナスの五つの道にも影響を与えた。
創造論に関して、マイモニデスはアリストテレスの世界永遠論を哲学的に論駁できないことを認めつつも、時間的な創造(creatio ex nihilo, 無からの創造)を支持した。世界の永遠性も時間的創造も、厳密には哲学的に証明できないとした上で、聖書の教えに従い、かつ哲学的にもより合理的な選択として時間的創造を採用するという慎重な立場をとった。
預言論と倫理学
マイモニデスの預言論は、アル・ファーラービーの影響を受けた哲学的預言理論である。預言とは、神から能動知性を介して預言者の知性と想像力に流出する啓示であり、預言者は知性的完成と想像力の卓越性の両方を備えた人物である。ただし、預言の賦与は究極的には神の意志に依存するとして、純粋に自然主義的な預言理論を退けた。
マイモニデスの倫理学は、アリストテレスの中庸の理論をユダヤ教の枠組みに統合したものである。『八章(シェモーナー・ペラキーム)』において、魂の能力の分析と性格的徳の中庸としての定義を展開し、倫理的完成を知性的完成への準備段階として位置づけた。人間の究極的な完成は、神の認識における知性的卓越にあるとされ、認識論と倫理学が統合された。
後世への影響
マイモニデスの思想は、ユダヤ教の伝統の内外に広範な影響を与えた。ユダヤ教内部では、哲学的合理主義と伝統的信仰の関係をめぐって激しい論争(マイモニデス論争)が繰り広げられた。キリスト教世界では、トマス・アクィナスが『迷える者への導き』のラテン語訳を通じてマイモニデスの議論を熟知しており、「ラビ・モイセス」として頻繁に引用している。否定神学、神の存在証明、イスラーム哲学の受容において、マイモニデスはトマスの重要な先行者であった。近代においても、スピノザ、メンデルスゾーン、ライプニッツらがマイモニデスの思想に深く学んでおり、ユダヤ哲学と西洋哲学の接点としてその意義は衰えることがない。