オッカム - オッカムの剃刀と唯名論で中世哲学を転換した思想家
生涯
オッカムのウィリアム(William of Ockham / Guillelmus de Ockham, 1285年頃 - 1347年)は、イングランドのサリー州オッカムに生まれたフランシスコ会の神学者・哲学者である。オックスフォード大学で神学を学び、ペトルス・ロンバルドゥスの『命題集』に対する講義(『命題集註解』)を行ったが、正式な神学博士の学位を取得する前に教授活動を中断させられた。このため「尊敬すべき始修者(Venerabilis Inceptor)」と称される。
1324年、ルテレルのヨハネスの告発により、オッカムの教説の正統性を審査するためにアヴィニョンの教皇庁に召喚された。審査は決着をみなかったが、この間にフランシスコ会の清貧問題をめぐる教皇ヨハネス22世との対立が深刻化した。1328年、フランシスコ会総長ミカエルやパドヴァのマルシリウスとともにアヴィニョンから脱出し、神聖ローマ皇帝ルートヴィヒ4世のもとに逃れた。以後、ミュンヘンに滞在して教皇権に対する政治的著作を執筆し続け、1347年にペストにより没したとされる。
オッカムの剃刀
オッカムの名を最も広く知らしめているのが、「オッカムの剃刀(Ockham’s Razor)」として知られる節約の原理である。「必要なしに多くのものを措定してはならない(Pluralitas non est ponenda sine necessitate)」、あるいはより一般的に「より少ないもので説明できることを、より多くのものによって説明してはならない」という原理である。
この原理はオッカム独自の発明ではなく、アリストテレス以来の伝統的な方法論的原則であるが、オッカムがこの原理を徹底的に適用して形而上学的存在者の数を削減したことから、その名が冠されるようになった。オッカムはこの原理に基づき、普遍的実在、関係的実在、可能的存在など、経験的に確認不可能な形而上学的存在者の措定を不要として排除した。この方法論的姿勢は、経験的科学の方法論にも通じるものであり、近代科学の精神の先駆として評価される。
唯名論
オッカムの形而上学的立場は、中世普遍論争における最も徹底した唯名論として知られる。オッカムによれば、実在するのは個物のみであり、普遍は精神の内に存在する概念(自然的記号)に過ぎない。「人間」という普遍概念は、個々の人間から抽象された精神の志向的対象であり、精神の外に独立した実在を持たない。
トマス・アクィナスの穏健実在論やドゥンス・スコトゥスの形相的区別を批判し、オッカムは個物の外に共通本性なるものが実在するとする一切の立場を退けた。二つの個物が類似しているのは、それらが共通の普遍的本性を分有するからではなく、神がそれらを類似したものとして創造したからに過ぎない。
この徹底した唯名論は、形而上学的実在の領域を個体的実体とその質に限定し、知識の対象を経験的に与えられる個物に集中させることで、経験主義的・実証主義的な思考の方向性を準備した。
認識論
オッカムの認識論の基盤をなすのが、「直観的認識(notitia intuitiva)」と「抽象的認識(notitia abstractiva)」の区別である。直観的認識とは、現に存在する個別的対象を直接的に把握する認識であり、その対象が存在するか否か、ある性質を持つか否かについての明証的判断を基礎づける。抽象的認識とは、対象の存在・非存在を度外視して、対象の本質的内容を把握する認識である。
オッカムは、直観的認識を知識の出発点として重視し、個物の直接的な経験的把握が一切の確実な知識の基礎であると主張した。これは、トマスやスコトゥスが普遍的認識の根拠を個物を超えた次元に求めたのとは対照的であり、経験論的認識論への重要な一歩を示している。
さらにオッカムは、神の全能を根拠として、実際には存在しない対象についての直観的認識も神の力によって可能であるという議論(potentia Dei absoluta)を展開した。この議論は、経験的認識の確実性を原理的に動揺させるものであり、デカルトの「欺く神」の仮説を先取りするものとして注目される。
論理学と記号論
オッカムは中世論理学にも重要な貢献をなした。主著『論理学大全(Summa Logicae)』は、中世論理学の集大成的著作であり、命題論理、述語論理、推論理論を体系的に論じている。特に重要なのは、概念を精神の内的な「記号(signum)」として捉える記号理論(suppositio の理論)である。
概念は精神の内の自然的記号であり、言語の語はこの概念を恣意的に表す約束的記号である。概念が命題の中で何を指示するか(代示するか)を分析する代示理論は、中世論理学の最も精緻な成果の一つであり、現代の意味論や指示理論の先駆とも評価される。
政治思想
オッカムの後半生は、教皇権と世俗権力の関係をめぐる政治的著作に費やされた。『90日間の仕事について』『教皇の権力に関する8つの問題』『対話』などの著作において、教皇権の絶対性を否定し、教皇の権威を霊的領域に限定すべきであると主張した。
オッカムは、キリストは使徒たちに世俗的支配権を与えなかったのであり、教皇は信仰と道徳の領域において最高の権威を持つが、世俗的事柄に対する直接的な管轄権は持たないと論じた。また、信徒全体が持つ自然権としての所有権は、教皇の権限に先行するものであるとした。このような世俗権力の自律性と個人の権利を擁護する立場は、後の近世における政治思想の発展に重要な貢献をなした。
後世への影響
オッカムの唯名論は、14世紀以降の「新しい道(via moderna)」と呼ばれる思想潮流を形成し、トマス主義の「古い道(via antiqua)」と対峙した。経験論的認識論はイギリス経験論の先駆として、論理学的分析の精密さは分析哲学の先駆として評価される。宗教改革者ルターはオッカム主義の教育を受けており、オッカムの思想は神学的にも近代への橋渡しの役割を果たした。