トマス・アクィナス - 神学大全と五つの道でスコラ哲学を集大成
生涯
トマス・アクィナス(Thomas Aquinas, 1225年頃 - 1274年)は、南イタリアのロッカセッカ城に伯爵家の子として生まれた。幼少期にモンテ・カッシーノの修道院で教育を受けた後、ナポリ大学で学び、家族の激しい反対を押し切ってドミニコ会に入会した。パリとケルンで師アルベルトゥス・マグヌスのもとで学び、その才能を認められた。当初は寡黙な大柄の体格から「唖牛(bos mutus)」とあだ名されたが、アルベルトゥスは「この唖牛の鳴き声はやがて全世界に響くであろう」と予言したと伝えられる。
パリ大学で神学教授として活動し、二度にわたってパリで教鞭を執った。その間、ローマ教皇庁の神学顧問としても活動し、各地で講義と著作に没頭した。1273年12月6日、ミサ中に神秘的体験をした後、「私が書いたものはすべて藁に過ぎない」と述べて執筆を中止し、未完の『神学大全』第三部を残したまま、1274年3月7日にフォッサノーヴァ修道院で49歳で没した。1323年に列聖され、1567年には教会博士に列せられた。
神学大全
『神学大全』(Summa Theologiae, 1265年 - 1274年)は、トマスの主著であり、中世キリスト教思想の最高峰とされる壮大な体系的著作である。全体は三つの部(および第二部の二分割)から構成され、第一部は神論(神の存在と属性、創造、天使、人間)、第二部前半は倫理学総論(幸福、人間の行為、徳と悪徳)、第二部後半は倫理学各論(対神徳、枢要徳)、第三部はキリスト論と秘跡論を扱う。
『神学大全』の方法論的特徴は、「問題(quaestio)」と「項目(articulum)」の構造にある。各項目では、まず問いが提示され、次に反対意見(videtur quod)が列挙され、続いて「しかるに(sed contra)」として権威ある典拠が示され、最後にトマス自身の解答(respondeo)と各反対意見への応答が展開される。この弁証法的方法は、スコラ哲学の方法論の精華である。
五つの道 ── 神の存在証明
『神学大全』第一部第二問第三項に展開された「五つの道(quinque viae)」は、理性によって神の存在を論証する試みとして哲学史上もっとも有名な議論の一つである。
第一の道は「運動からの論証」である。世界には運動(変化)が存在するが、すべてのものは他のものによって動かされる。この系列を無限に遡ることはできないため、自らは動かされずに他のものを動かす「第一の不動の動者」が存在しなければならない。第二の道は「動力因からの論証」であり、因果の系列の第一原因を要請する。第三の道は「可能性と必然性からの論証」であり、偶然的存在の根拠として必然的存在者を要請する。第四の道は「完全性の度合いからの論証」であり、事物の完全性の段階的差異の究極的基準を要請する。第五の道は「目的論的論証」であり、自然界の秩序と合目的性の根拠として知的な設計者を要請する。
これらの論証は、アリストテレスの自然哲学と形而上学を基礎としつつ、後験的(経験から出発する)方法で神の存在を論証する点に特徴がある。
存在と本質
トマスの形而上学の中核をなすのが、存在(esse)と本質(essentia)の実在的区別の理論である。アリストテレスの形相と質料の区別を継承しつつ、トマスはさらに深い存在論的次元として、あるもの「が何であるか」(本質)と、それ「が存在すること」(存在)を区別した。被造物においては、存在と本質は実在的に区別される。すなわち、被造物の本質はそれ自体では存在を含まず、存在は神から与えられたものである。これに対して、神においてのみ存在と本質は同一であり、神は「存在そのもの(ipsum esse subsistens)」である。
この理論は、神と被造物の根本的な存在論的差異を哲学的に基礎づけるとともに、創造の形而上学的意味を明らかにする。被造物は存在を分有された存在であり、その存在の根拠は常に神に依存している。
自然法論
トマスの倫理学において中心的な位置を占めるのが自然法論である。トマスは法を四つの種類に分類した。永久法(lex aeterna)は神の知恵による全被造物の統治であり、自然法(lex naturalis)は理性的被造物における永久法の分有である。人定法(lex humana)は自然法の原理から人間の理性によって導出された実定法であり、神法(lex divina)は聖書に啓示された神の法である。
自然法の第一原理は「善をなし悪を避けよ」であり、この原理から、自己保存の傾向、種の保存と子の養育の傾向、真理の認識と社会における共同生活の傾向に基づく具体的な道徳的規範が導出される。トマスの自然法論は、人間の理性が道徳的真理に到達できることを主張する点で、倫理的合理主義の伝統の重要な一環を成す。この理論は、近代の自然権思想やカトリック社会教説の哲学的基盤として現在に至るまで大きな影響力を持つ。
信仰と理性
トマスの思想を貫く根本的なテーマは、信仰と理性の調和的関係である。トマスは、信仰と理性を対立するものではなく、相互に補完する二つの認識の道として位置づけた。理性は自然の光によって神の存在や道徳法則などの真理に到達できるが、三位一体や受肉などの啓示の神秘は理性の能力を超えており、信仰によってのみ知られる。しかし、信仰の内容は理性に反するものではなく、理性を超えるものである。「恩寵は自然を破壊せず、むしろ完成する(gratia non destruit naturam sed perficit)」というトマスの原則は、この調和の理念を簡潔に表現している。
この立場は、アウグスティヌス的な「信じるために理解する」という伝統と、アリストテレス的な経験的・理性的探究を統合するものであった。
後世への影響
トマスの思想体系であるトマス主義は、カトリック教会の公認哲学として確立され、1879年の教皇レオ13世の回勅『アエテルニ・パトリス』により新トマス主義運動が推進された。論理学的厳密さと包括的な体系性を兼ね備えたトマスの哲学は、ジャック・マリタンやエティエンヌ・ジルソンといった20世紀の新トマス主義者によって現代的に展開された。また、自然法論は国際法や人権思想の哲学的基礎として、近世哲学以降の政治思想にも深い影響を与えている。