ベンサム - 最大多数の最大幸福を掲げた功利主義の創始者

生涯

ジェレミー・ベンサム(Jeremy Bentham, 1748年 - 1832年)は、ロンドンのスピタルフィールズに裕福な弁護士の息子として生まれたイギリスの哲学者・法学者・社会改革家である。幼少期から天才的な知的能力を示し、3歳でラテン語を読み、12歳でオックスフォード大学クイーンズ・カレッジに入学した。法学を学んだが、イギリスの法制度の不合理さと非体系性に強い不満を抱き、弁護士として活動するよりも法と社会の根本的改革の理論を構築することに生涯を捧げた。

ベンサムは隠遁的な学者であったが、その思想的影響力は絶大であった。「哲学的急進派」と呼ばれる知的運動の指導者として、ジェイムズ・ミル(J.S.ミルの父)をはじめとする多くの弟子を育成し、選挙法改革、刑法改革、教育改革、救貧法改革など広範な社会改革を推進した。ロンドン大学(ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)の設立にも深く関与した。

ベンサムは1832年に84歳で死去したが、遺言により遺体は自身が考案した「自己偶像(オート・アイコン)」として保存され、現在もユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンに安置されている。

功利性の原理

ベンサムの倫理学・立法論の根本原理が「功利性の原理(principle of utility)」であり、「最大多数の最大幸福(the greatest happiness of the greatest number)」の実現を行為と立法の究極的目的とする。主著『道徳と立法の原理序説(An Introduction to the Principles of Morals and Legislation)』(1789年)の冒頭で、ベンサムは次のように宣言する。「自然は人類を二人の主権者、苦痛と快楽の支配下に置いた。我々が何をすべきかを指し示し、何をするかを決定するのは、この二者のみである。」

この経験主義的な人間観は、ヒュームの道徳感情論やフランス唯物論(エルヴェシウス、ドルバック)の影響を受けたものである。ベンサムにとって、あらゆる道徳的判断は快楽と苦痛という経験的事実に還元可能であり、行為の道徳的価値はそれがもたらす快楽の増大と苦痛の減少によって測定される。この立場は、倫理学において行為の帰結を判断基準とする帰結主義の代表的な形態であり、カントの義務論的倫理学と対照を成す。

快楽計算

ベンサムは快楽と苦痛を客観的に測定するための方法として「快楽計算(felicific calculus)」を提案した。快楽の量は以下の七つの基準(ディメンション)によって評価される。

第一に強度(intensity)、第二に持続性(duration)、第三に確実性(certainty)、第四に近接性(propinquity)、第五に多産性(fecundity、さらなる快楽を生む傾向)、第六に純粋性(purity、苦痛を伴わない度合い)、第七に範囲(extent、影響を受ける人数)である。

ベンサムはこの計算法によって、道徳的判断を主観的な感情や直観に委ねるのではなく、合理的で客観的な手続きによって行うことを目指した。快楽に質的差異を認めず、もっぱら量的に評価する点が特徴的であり、この立場は後にJ.S.ミルによって質的功利主義の観点から批判されることになる。

パノプティコン

パノプティコン(Panopticon、全展望監視装置)は、ベンサムが考案した監獄建築の構想であり、その功利主義的社会設計思想を象徴的に体現するものである。円形の建築物の中心に監視塔を配置し、周囲の独房を塔から一望できるように設計する。囚人は常に監視されうる状態に置かれるが、監視塔の内部は見えないため、実際に監視されているかどうかは分からない。

この構想の核心は、監視の不確実性が囚人に自己規律を内面化させるという効果にある。ベンサムはパノプティコンの原理を監獄にとどまらず、学校、病院、工場など広範な施設に適用しようとした。20世紀にミシェル・フーコーが『監獄の誕生』(1975年)においてパノプティコンを近代的規律権力の象徴として分析し、ベンサムの構想は現代の権力論・監視社会論の中心的なメタファーとなった。

法制度改革

ベンサムの功利主義は、単なる倫理学理論にとどまらず、法と社会制度の体系的改革を目指す実践的プログラムであった。イギリスの普通法(コモン・ロー)の伝統を「判事がつくった法(judge-made law)」として批判し、功利性の原理に基づいて合理的に設計された成文法典の編纂を主張した。

ベンサムは刑罰論において、刑罰の正当化根拠を応報ではなく犯罪の抑止に求めた。刑罰は犯罪によって生じる苦痛を上回る苦痛を犯罪者に与えることで、将来の犯罪を防止するために科されるべきであり、必要以上の刑罰は無用の苦痛を生じさせるがゆえに不正であるとした。この思想は死刑廃止論にもつながった。

さらに、ベンサムは動物の苦痛にも配慮すべきことを主張し、「問題は動物が理性を持つか否かではなく、苦しむことができるか否かである」と述べた。この一節は現代の動物倫理学の先駆的表明として広く引用されている。

主要著作

  • 『統治論断片』(1776年) — ブラックストンの法理論を批判した初期の著作。
  • 『道徳と立法の原理序説』(1789年) — 功利性の原理と快楽計算を体系的に展開した主著。
  • 『パノプティコン』(1791年) — 全展望監視施設の構想を論じた著作。
  • 『謬論の書(誤謬論)』(1824年) — 政治的議論における詭弁と誤謬を分析した論理学的著作。
  • 『憲法典』(1830年) — 功利主義に基づく理想的な憲法の構想。

後世への影響

ベンサムの功利主義は、近代の倫理学・政治哲学・法哲学に多大な影響を与えた。J.S.ミルは功利主義を質的に深化させ、シジウィックは『倫理学の方法』において功利主義を体系的に精緻化した。20世紀にはヘア、スマート、シンガーらが功利主義の現代的展開を行い、功利主義は現代倫理学の主要な理論的立場であり続けている。

法哲学においてはオースティンの法実証主義がベンサムの影響下に成立し、H.L.A.ハートの法理論にも間接的な影響を与えた。経済学における効用理論にもベンサムの快楽計算の発想が流れ込んでおり、現代の厚生経済学や公共政策論にもその影響は広く及んでいる。現代哲学における効果的利他主義の運動にもベンサム的な功利主義の精神が息づいている。

関連項目