キルケゴール - 実存主義の先駆者として不安と信仰を問うた哲学者

生涯

セーレン・オービュ・キルケゴール(Søren Aabye Kierkegaard, 1813年 - 1855年)は、デンマークのコペンハーゲンに生まれた哲学者・宗教思想家である。裕福な毛織物商の末子として生まれ、厳格なキリスト教的家庭環境のもとで育った。父ミカエルの深い罪意識と憂鬱な宗教心は、キルケゴールの思想形成に決定的な影響を与えた。

コペンハーゲン大学で神学を学び、1840年にレギーネ・オルセンと婚約したが、翌年一方的に婚約を破棄した。この出来事はキルケゴールの生涯と著作に深い刻印を残し、愛と義務、美的実存と倫理的実存の葛藤というテーマとして繰り返し作品に反映された。1843年に『あれか、これか』『おそれとおののき』を刊行して著述活動を開始し、以後わずか十数年の間に膨大な著作を世に送った。

晩年にはデンマーク国教会を激しく攻撃し、制度化されたキリスト教が真の信仰を裏切っていると告発した。この「教会攻撃」の最中、1855年10月にコペンハーゲンの路上で倒れ、11月11日に42歳で死去した。死の床で友人の牧師から聖餐を受けることを拒否し、制度的教会への抗議を最後まで貫いた。

ヘーゲル批判と単独者

キルケゴールの思想の出発点は、ヘーゲルの絶対的観念論に対する根本的な批判にある。ヘーゲルが弁証法的体系によって現実の全体を理性的に把握しようとしたのに対し、キルケゴールは個々の人間の具体的な実存こそが哲学の根本問題であると主張した。体系の中に解消されえない「単独者(den Enkelte)」——取り替え不可能な「この私」の存在——が、キルケゴールの思索の中心に据えられた。

キルケゴールによれば、ヘーゲルの体系は客観的真理を追求するあまり、主体的真理を見失っている。「真理は主体性である」というキルケゴールの命題は、抽象的な命題の客観的妥当性ではなく、個人がその真理をいかに自己の実存において引き受け、生きるかということこそが問われなければならないことを意味する。この主体性の強調は、デカルトの「我思う、ゆえに我あり」を実存的な次元で深化させたものとも言える。

実存の三段階

キルケゴールは人間の実存の在り方を三つの段階に区分した。第一は「美的段階」であり、快楽や享楽の中に生きる生き方である。美的実存者は瞬間的な感覚的体験を追求するが、やがて倦怠と絶望に陥る。『あれか、これか』の第一部に描かれる誘惑者の日記がその典型である。

第二は「倫理的段階」であり、義務と責任を引き受け、持続的な自己形成に努める生き方である。結婚や職業的責任を通じて自己を倫理的に確立しようとするが、倫理的要求の前で自己の罪と有限性に直面し、挫折する。

第三は「宗教的段階」であり、理性を超えた「信仰の飛躍」によって神の前に立つ単独者として実存する在り方である。『おそれとおののき』で論じられるアブラハムの物語がその範例である。神からイサクの犠牲を命じられたアブラハムは、倫理的な普遍性を超えた「信仰の騎士」として、不条理を引き受けて跳躍する。この各段階の間には連続的な発展ではなく、質的な跳躍が存在する。

不安の概念

『不安の概念(Begrebet Angest)』(1844年)は、ヴィギリウス・ハウフニエンシスの仮名で刊行された哲学的著作であり、人間の自由と罪の可能性としての不安を分析する。不安(Angest)は恐怖(Frygt)とは区別される。恐怖が特定の対象に向けられるのに対し、不安は「無」に向けられた感情であり、自由の可能性そのものに伴う眩暈のようなものである。

不安は人間が自由な存在であることの証であり、同時に罪の可能性の条件でもある。アダムの堕罪は禁止の言葉によって喚起された自由の不安によって説明される。この不安の現象学的分析は、20世紀の実存主義哲学に大きな影響を与え、ハイデガーの「不安」の分析やサルトルの自由論の先駆となった。

死に至る病

『死に至る病(Sygdommen til Døden)』(1849年)は、アンティ=クリマクスの仮名で刊行された著作であり、「絶望」を主題とする人間の精神の病の分析である。キルケゴールはここで「人間とは精神であり、精神とは自己である。自己とは自己自身に関係する関係である」と定義する。

絶望には二つの根本形態がある。第一は「絶望して自己であろうとしないこと」(弱さの絶望)であり、自己から逃避しようとする在り方である。第二は「絶望して自己であろうとすること」(反抗の絶望)であり、自力で自己を根拠づけようとする在り方である。いずれの場合も、自己が「自己自身を措定した力」すなわち神との関係を喪失している点で、真の自己を失った病的状態にある。この絶望の分析は、後の認識論における主体性の問題にも示唆を与える深い洞察を含んでいる。

主要著作

  • 『あれか、これか(Enten-Eller)』(1843年) — 美的実存と倫理的実存の対比を描いた最初の主要著作。
  • 『おそれとおののき』(1843年) — アブラハムの信仰を主題とする宗教哲学的著作。
  • 『反復』(1843年) — 反復の概念を通じて実存の問題を探究した哲学的小説。
  • 『不安の概念』(1844年) — 自由と罪の可能性としての不安の現象学的分析。
  • 『哲学的断片』(1844年) — キリスト教の真理と理性の関係を問う認識論的著作。
  • 『非学問的後書』(1846年) — 主体的真理と実存的弁証法を論じた大著。
  • 『死に至る病』(1849年) — 絶望の現象学的分析を通じて人間の精神の構造を解明する。

後世への影響

キルケゴールは「実存主義の父」と称され、20世紀の実存哲学に決定的な影響を与えた。ヤスパースは限界状況と実存的交わりの思想においてキルケゴールを継承し、ハイデガーは『存在と時間』における現存在の分析にキルケゴールの実存概念を取り込んだ。サルトルは無神論的な実存主義を展開し、カミュは不条理の思想を追究した。

神学の領域では、カール・バルトの弁証法神学がキルケゴールの影響のもとに成立し、ブルトマンの脱神話論にも波及した。また、不安と絶望の分析は精神分析や臨床心理学にも影響を与え、ロロ・メイやポール・ティリッヒなどの実存主義的心理学・神学に引き継がれている。

関連項目