J.S.ミル - 功利主義と自由論で近代リベラリズムを確立した哲学者
生涯
ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill, 1806年 - 1873年)は、ロンドンに生まれたイギリスの哲学者・経済学者・政治家である。父ジェイムズ・ミルはベンサムの功利主義の忠実な信奉者であり、幼いJ.S.ミルに対して驚異的な英才教育を施した。3歳でギリシャ語、8歳でラテン語を学び始め、12歳で論理学、13歳で経済学を学んだ。この教育はミルの知的能力を驚異的に発達させたが、感情面での発達を犠牲にした。
1826年、20歳のミルは深刻な精神的危機に陥った。自らの人生の目的であった「人類の幸福の増進」がすべて実現されたとしても、自分は幸福にはならないだろうと気づいたのである。この危機を経て、ミルはベンサム的な量的快楽主義の限界を痛感し、ワーズワースの詩やコールリッジのロマン主義を通じて感情と想像力の重要性を再発見した。
1830年にハリエット・テイラーと出会い、深い知的交流を開始した。ハリエットが夫の死後1851年にミルと結婚するまで、20年以上にわたる親密な友情が続いた。ミルはハリエットの知的影響を最大限に評価し、主要著作の多くにおける共同制作者として位置づけた。1858年に東インド会社を退職した後、1865年から1868年まで下院議員を務めた。1873年、フランスのアヴィニョンで死去した。
功利主義の質的改革
ミルの倫理学は、ベンサムの功利主義を批判的に継承・発展させたものである。『功利主義論(Utilitarianism)』(1863年)において、ミルは「最大多数の最大幸福」の原理を基本的に支持しつつも、快楽に質的差異を導入するという重要な修正を加えた。
ベンサムが快楽を量的にのみ評価したのに対し、ミルは「満足した豚であるよりも不満足な人間である方がよく、満足した愚者であるよりも不満足なソクラテスである方がよい」と述べ、知的・道徳的・美的な高次の快楽が身体的・感覚的な低次の快楽に質的に優越することを主張した。両方の快楽を経験した「有能な判定者」がより高い快楽を選好するという事実が、質的優越の根拠とされた。
この質的功利主義は、功利主義を単なる快楽の量的最大化から救い出し、人間の精神的・文化的な高次の活動を積極的に評価する理論へと発展させた。これは倫理学の歴史における功利主義の大きな転回点であった。
自由論
『自由論(On Liberty)』(1859年)は、近代自由主義思想の古典的著作であり、個人の自由と社会的権力の正当な限界を論じたものである。ミルが提示する中心原理は「危害原理(harm principle)」であり、個人の行為に対して社会が強制力をもって干渉することが正当化されるのは、他者に対する危害を防止する場合に限られるという原則である。
ミルは思想・言論の自由を特に重視した。いかなる意見であっても、それを沈黙させることは正当化されない。なぜなら、その意見が正しい場合には真理への到達が妨げられ、誤っている場合でも、正しい意見が論争を通じてより明確に理解されるからである。また、「多数者の専制」の危険性を指摘し、民主主義社会において少数者の意見や個性が画一的な社会的圧力によって抑圧されることに警鐘を鳴らした。
自由論の思想は、ヒュームの経験論的伝統を政治哲学に展開したものであり、現代のリベラリズムの基礎を形成している。
帰納法の論理学
『論理学体系(A System of Logic)』(1843年)は、ミルの認識論・論理学の主著であり、帰納法の論理学を体系的に展開した画期的な著作である。ミルは経験主義の立場から、すべての知識は究極的には経験に基づくと主張し、演繹的推論さえも帰納の一形態であると論じた。
ミルは因果関係の発見のための五つの実験的方法(ミルの方法)を定式化した。一致法、差異法、一致差異併用法、残余法、共変法の五つである。これらの方法は、自然科学の実験的方法の論理的構造を明確にしたものであり、科学的方法論の古典として位置づけられる。
また、ミルは数学的真理をも経験的一般化として説明しようとし、「2+2=4」さえも経験に基づく帰納的真理であると主張した。この極端な経験主義は後にフレーゲやラッセルからの批判を招いたが、ミルの帰納法論理学は論理学と科学哲学の発展に大きな貢献を果たした。
女性の解放
『女性の隷従(The Subjection of Women)』(1869年)は、女性の法的・社会的平等を論じたフェミニズムの先駆的著作である。ミルは、女性の従属的地位が自然的なものではなく、歴史的・社会的な慣習と権力構造の産物であると論じた。
ミルは、女性に対するあらゆる法的不平等の撤廃、教育の機会均等、参政権の付与を主張した。下院議員時代には実際に女性参政権法案を提出し、世論の喚起に努めた。ハリエット・テイラーとの知的交流がこの思想の形成に大きな影響を与えたことは、ミル自身が認めるところである。
主要著作
- 『論理学体系』(1843年) — 帰納法の論理学と科学方法論を体系化した主著。
- 『経済学原理』(1848年) — アダム・スミス以来の古典派経済学を集大成した経済学の教科書。
- 『自由論』(1859年) — 個人の自由と社会的権力の限界を論じた自由主義の古典。
- 『功利主義論』(1863年) — 質的功利主義を展開した倫理学の主著。
- 『代議政治論』(1861年) — 代議制民主主義の理論と実践を論じた政治哲学の著作。
- 『女性の隷従』(1869年) — 女性の解放と男女平等を論じた先駆的著作。
- 『自伝』(1873年、死後刊行) — 自己教育と精神的危機の記録を含む自伝。
後世への影響
ミルの思想は、現代の自由主義・民主主義・倫理学に多大な影響を与えている。自由論の危害原理は、現代法哲学における公私の区分や表現の自由の議論の基礎を形成している。質的功利主義はシジウィックの倫理学を経て、現代の功利主義の多様な展開に道を開いた。
帰納法の論理学は、20世紀の科学哲学(ポパーの反証主義、カルナップの帰納論理学)の出発点を提供した。また、フェミニズムの先駆者としてのミルの位置づけは、現代哲学と社会思想における重要な遺産であり続けている。