現象学 - フッサールの志向性と現象学的還元による哲学革新

概説

現象学(Phänomenologie / Phenomenology)は、エトムント・フッサール(Edmund Husserl, 1859年 - 1938年)によって20世紀初頭に創始された哲学運動であり、意識に現れる現象そのものを、先入観や理論的前提を排して厳密に記述・分析することを方法論的原則とする。現象学は20世紀大陸哲学の最も影響力のある潮流の一つとなり、ハイデガー、サルトル、メルロ=ポンティ、レヴィナスらに受け継がれて、実存哲学、解釈学、脱構築などの多様な哲学的運動に発展した。

現象学の標語は「事象そのものへ(zu den Sachen selbst)」である。この標語は、理論的構成物や思弁的体系ではなく、意識に直接与えられる事象の忠実な記述を哲学の出発点とすべきであるという方法論的要求を表現している。この姿勢は、デカルト的な根源的懐疑の精神を継承しつつ、カントの超越論的哲学を根本的に刷新する試みであった。

フッサールの生涯と思想的発展

エトムント・フッサールは、オーストリア帝国のプロスニッツ(現チェコ・プロスチェヨフ)にユダヤ系の家庭に生まれた。ウィーン大学で数学を学び、ベルリン大学ではワイエルシュトラスに師事した。その後ウィーン大学でフランツ・ブレンターノの哲学講義に出席し、哲学への転向を決意した。ブレンターノの「志向性」の概念は、フッサールの現象学の出発点となった。

1891年に『算術の哲学』を刊行したが、フレーゲの書評による心理主義批判を受けて反省を深めた。1900-01年に『論理学研究』を刊行し、心理主義を克服した現象学的方法の基礎を確立した。1901年からゲッティンゲン大学、1916年からフライブルク大学で教鞭を執り、1929年に退職した。ナチス政権下ではユダヤ人としての迫害を受け、1938年にフライブルクで死去した。膨大な未発表の研究草稿(約45,000ページ)はルーヴァンのフッサール文庫に保管され、現在も刊行が続いている。

志向性

現象学の根本概念が「志向性(Intentionalität)」である。志向性とは、意識が常に「何かについての意識」であるという構造的特性を指す。見ることは何かを見ることであり、考えることは何かについて考えることであり、望むことは何かを望むことである。意識は決して空虚な容器ではなく、必然的に対象に向けられている。

この概念はブレンターノに由来するが、フッサールはそれを独自に発展させた。フッサールは志向性の構造を「ノエシス(noesis)」と「ノエマ(noema)」の相関として分析する。ノエシスは意識の作用(知覚する、判断する、想像する等)の側面であり、ノエマはその作用に対応する意味内容の側面である。同一の対象であっても、知覚・想像・判断といった異なるノエシスによって異なるノエマとして与えられる。

志向性の分析は、認識論における主観と客観の関係を根本的に再考するものである。意識と対象は独立に存在する二つの実体ではなく、志向的関係の相関項として理解される。この見方は、近代認識論における主客二元論を乗り越える道を拓いた。

現象学的還元とエポケー

フッサールの方法論の核心を成すのが「現象学的還元(phänomenologische Reduktion)」であり、その中心的操作が「エポケー(epoché、判断停止)」である。エポケーとは、世界の存在についての自然的態度(日常的な信念)を「括弧に入れる」こと、すなわち自然的態度における存在定立を一時的に停止することを意味する。

このエポケーによって、対象の存在そのものは問わないまま、対象が意識にいかにして現れるかという意識体験の構造そのものが分析の対象となる。フッサールはこの操作をデカルトの方法的懐疑に類比しつつも、デカルトの懐疑が世界の存在を否定するのに対し、エポケーは存在判断を「宙吊り」にするだけで否定はしないという重要な区別を強調した。

還元には複数の段階がある。現象学的還元は自然的態度のエポケーであり、超越論的還元はさらに進んで純粋な超越論的主観性の領域を開示する。本質還元(形相的還元)は、個別的事実から本質的構造を取り出す操作であり、「自由変更(freie Variation)」の方法によって、あるものがそのものであるために不可欠な本質的特徴を直観する。

本質直観

フッサールの現象学において重要な概念が「本質直観(Wesensschau / Wesensanschauung)」である。本質直観とは、個別的な経験的事例を超えて、事象の本質的構造を直接的に把握する認識能力を指す。例えば、さまざまな赤い対象の知覚を通じて、「赤さ」の本質を直観する。

本質直観の方法は「自由変更」と呼ばれる。対象を想像の中で自由に変化させ、その対象がなおもその種類のものであるために変更不可能な不変的構造を見出す。この不変的構造が「本質(Wesen / Eidos)」である。フッサールの本質直観は、プラトンのイデア論を想起させるが、プラトンのイデアが個物から分離された超越的実在であるのに対し、フッサールの本質は意識体験の内在的分析によって把握される構造的特性である。

生活世界

フッサールの後期思想における中心的概念が「生活世界(Lebenswelt)」である。遺稿『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』(1936年、一部死後刊行)において、フッサールは近代科学の危機を診断し、その根源を科学的客観主義が生活世界を見失ったことに求めた。

生活世界とは、科学的理論化に先立って我々が日常的に生きている具体的な経験の世界であり、すべての理論的・科学的知識の究極的な基盤である。ガリレオ以来の近代科学は、自然を数学的に理念化し、抽象的な法則の体系として把握するが、この理念化の操作は生活世界における直観的経験に根ざしている。科学がこの根源を忘却するとき、科学は人間的意味を喪失し、危機に陥る。

フッサールの生活世界の概念は、後のハイデガーの「世界内存在」、メルロ=ポンティの身体論、シュッツの社会現象学、ハーバーマスのコミュニケーション理論に大きな影響を与えた。

現象学の展開

フッサールの現象学は、弟子や後続の哲学者たちによって多様に展開された。マルティン・ハイデガー(1889年 - 1976年)はフッサールの弟子であったが、『存在と時間』(1927年)において現象学を存在論的方向に転換し、「現存在(Dasein)」の実存論的分析として展開した。ハイデガーにとって現象学は意識の記述ではなく、存在の意味への問いの方法となった。

ジャン=ポール・サルトル(1905年 - 1980年)は現象学を実存主義哲学の方法として採用し、『存在と無』(1943年)において意識の志向性を「無化」の活動として捉え直した。モーリス・メルロ=ポンティ(1908年 - 1961年)は『知覚の現象学』(1945年)において身体の現象学を展開し、知覚する身体を世界経験の根源として位置づけた。

エマニュエル・レヴィナスは現象学を倫理学的方向に展開し、「他者の顔」との出会いを哲学の出発点とする独自の他者論を構築した。現代哲学においても、現象学の方法は認知科学、精神医学、看護学、建築学など多分野に応用され、人間の具体的経験を記述する方法論として生き続けている。

主要著作

  • フッサール『論理学研究』(1900-01年) — 現象学の基礎を確立した出発点的著作。
  • フッサール『イデーン——純粋現象学と現象学的哲学のための諸構想』(1913年) — 超越論的現象学の体系的叙述。
  • フッサール『デカルト的省察』(1931年) — 超越論的現象学の要約と間主観性の問題。
  • フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』(1936年) — 生活世界の概念を展開した後期の主著。
  • ハイデガー『存在と時間』(1927年) — 現象学的存在論の主著。
  • メルロ=ポンティ『知覚の現象学』(1945年) — 身体の現象学を展開した主著。

関連項目