ショーペンハウアー - 意志と表象の世界で悲観主義哲学を確立した思想家
生涯
アルトゥル・ショーペンハウアー(Arthur Schopenhauer, 1788年 - 1860年)は、ダンツィヒ(現ポーランド・グダニスク)の裕福な商人の家庭に生まれた哲学者である。父ハインリヒは成功した貿易商であり、母ヨハンナは後に流行作家として名を成した。父の意向で商業見習いに就いたが、1805年に父が自殺した後、学問の道に転じた。
ゲッティンゲン大学およびベルリン大学で哲学を学び、とりわけカントの批判哲学に深い影響を受けた。1813年にイェーナ大学から『充足根拠律の四つの根について』で博士号を取得した。1818年に30歳で主著『意志と表象としての世界』を完成させたが、出版当初はほとんど注目されなかった。
1820年にベルリン大学の私講師となったが、意図的にヘーゲルの講義と同じ時間帯に講義を設定するという挑戦的な行動に出た。しかし聴講者はヘーゲルの教室に集まり、ショーペンハウアーの教室はほぼ空であった。この挫折の後、大学を去り、1833年からフランクフルト・アム・マインに定住して著述に専念した。長年の不遇にもかかわらず、晩年の著作『余録と補遺』(1851年)が評判を呼び、ようやく名声を得た。1860年にフランクフルトで死去した。
意志と表象としての世界
ショーペンハウアーの主著『意志と表象としての世界(Die Welt als Wille und Vorstellung)』(1818年、第2版1844年)は、カントの物自体の概念を独自に発展させた形而上学の体系である。本書の冒頭は「世界は私の表象である」という命題で始まる。我々が認識する世界は、主観の認識形式(時間・空間・因果律)によって構成された現象(表象)であり、カントの超越論的観念論を継承するものである。
しかしショーペンハウアーは、カントが不可知とした物自体を「意志(Wille)」として同定した。我々は自己の身体を通じて、表象の世界の背後にある意志を内的に経験する。この意志は理性的なものではなく、盲目的で無目的な衝動であり、存在への飽くなき渇望である。世界の本質は、この根源的な意志の客体化に他ならない。意志は自然界のあらゆる段階(重力、植物の生長、動物の本能、人間の欲望)に現れ、個体化の原理によって多様な現象として表出される。
この世界観は、プラトンのイデア論とインド哲学(ウパニシャッド、仏教)を統合した独自の形而上学であり、西洋哲学において東洋思想を本格的に取り入れた最初の体系的試みの一つであった。
悲観主義
ショーペンハウアーの哲学は西洋哲学史上最も徹底した悲観主義(Pessimismus)として知られる。意志の本質が際限なき欲求であるならば、人間の生は必然的に苦しみである。欲望が満たされなければ苦痛であり、満たされれば直ちに退屈が訪れ、新たな欲望が生じる。生は苦痛と退屈の間の振り子運動に過ぎない。
ショーペンハウアーはライプニッツの「可能な世界の中で最善の世界」というオプティミズムを明確に否定し、この世界はありうる世界のうちで最悪のものであると主張した。もしこの世界が少しでも悪くなれば、存続することさえできないという意味で、存続可能な世界の最悪の形態である。歴史にも進歩はなく、同じ苦しみが形を変えて繰り返されるだけであるとした。この悲観主義は、倫理学における幸福の問題を苦痛からの解放という観点から根本的に問い直すものであった。
芸術論と美的観照
ショーペンハウアーの哲学において、芸術は苦しみからの一時的な解放の手段として特別な位置を占める。美的観照においては、主体は意志の支配から一時的に解放され、純粋な認識主体となって対象の本質(プラトン的イデア)を直観する。この状態において、個人的な欲望や利害関心は消失し、対象との没我的な一体化が実現される。
芸術のジャンルには階層があり、建築を最下位とし、彫刻、絵画、詩を経て、音楽を最高位に置く。音楽が他の芸術に優越するのは、音楽がイデアの模写ではなく、意志そのものを直接的に表現するからである。音楽は世界の内的本質の直接的な写しであり、概念を媒介とせずに意志の運動を聴く者に伝達する。この音楽論はニーチェやワーグナーに深い影響を与えた。
同情の倫理学
ショーペンハウアーの倫理学は、カントの義務論とは根本的に異なり、同情(Mitleid)を道徳の唯一の基盤とする。カントが道徳法則の理性的根拠を追求したのに対し、ショーペンハウアーは道徳の源泉を理性ではなく感情に求めた。
同情とは、他者の苦しみを自己の苦しみとして直接的に感じ取る能力である。個体化の原理(マーヤーの帳)を透過して、すべての存在者が同一の意志の表現であることを認識するとき、自他の区別は消失し、他者の苦しみは自己の苦しみとなる。この形而上学的洞察に基づく同情が、正義(他者を害さない消極的徳)と仁愛(他者の苦しみを和らげる積極的徳)の根拠となる。
禁欲と意志の否定
ショーペンハウアーが提示する苦しみからの究極的な解放は、意志の否定(Verneinung des Willens zum Leben)すなわち禁欲(Askese)である。芸術が一時的な解放しかもたらさないのに対し、禁欲は意志を恒常的に沈黙させる。聖者や修道者は、自発的な貧困、断食、独身生活を通じて、生への意志を消滅させる。
この意志の否定は、仏教の涅槃やヒンドゥー教の解脱に対応する概念であり、ショーペンハウアーは東西の神秘主義的伝統に普遍的な救済の道を見出そうとした。意志が完全に否定されたとき、残るのは「無(Nichts)」であるが、ショーペンハウアーにとってこの「無」は虚無ではなく、我々の表象的認識を超えた境位であった。
主要著作
- 『充足根拠律の四つの根について』(1813年) — 認識論的出発点を示す博士論文。
- 『意志と表象としての世界』(1818年) — ショーペンハウアーの形而上学・認識論・美学・倫理学を包括する主著。
- 『自然における意志について』(1836年) — 自然科学と意志の形而上学の関係を論じた補遺的著作。
- 『道徳の二つの根本問題について』(1841年) — 道徳の基礎としての同情を論じた倫理学的著作。
- 『余録と補遺(パレルガとパラリポメナ)』(1851年) — 晩年のエッセイ集。「処世術のアフォリズム」を含む。
後世への影響
ショーペンハウアーの影響は哲学にとどまらず、文学・音楽・心理学に広く及んだ。ニーチェはショーペンハウアーを「教育者としてのショーペンハウアー」と呼んで師と仰ぎつつ、その悲観主義を批判的に乗り越えようとした。ワーグナーは音楽論から深い影響を受け、トーマス・マン、トルストイ、プルーストらの文学にもショーペンハウアーの思想が色濃く反映されている。フロイトの無意識論やユングの集合的無意識の概念にも、ショーペンハウアーの意志の哲学の先駆的な洞察を認めることができる。現代哲学においても、意志と表象の二元論は認知科学や意識の哲学との関連で再評価されている。