弁証法 - ヘーゲル弁証法と唯物弁証法の探究
弁証法とは何か
弁証法(Dialectics / Dialektik)は、対立する概念や命題の間の矛盾と統合の過程を通じて、より高次の認識や真理に至る思考方法および哲学的原理である。弁証法の歴史は古代ギリシャのソクラテス的対話術に始まり、ヘーゲルの観念論的弁証法、マルクスの唯物弁証法を経て、20世紀のフランクフルト学派の否定弁証法に至るまで、西洋哲学の根幹を貫く思考の伝統を形成してきた。弁証法は論理学の形式的推論とは異なり、矛盾を排除するのではなく、矛盾を認識の推進力として積極的に活用する点に特徴がある。
ソクラテスの対話術
弁証法の最も古い形態は、ソクラテスの問答法(エレンコス)に見出される。ソクラテスは対話相手の主張に対して巧みな質問を投げかけ、その主張に含まれる矛盾を暴露し、対話相手を無知の自覚(不知の知)へと導いた。この問答法は真理の探究における批判的吟味の方法であり、相手を論破することが目的ではなく、対話を通じて両者が共に真理に近づくことを目指すものであった。
プラトンは対話篇においてソクラテスの方法を文学的に描出するとともに、弁証法をイデアの認識に至る最高の学問的方法として位置づけた。『国家』における「線分の比喩」では、弁証法は数学的推論をも超えた知性的直観の方法とされ、善のイデアへの上昇を可能にする唯一の学問として描かれている。アリストテレスは弁証法を蓋然的推論の方法として位置づけ、確実な論証(アポデイクシス)とは区別した。
ヘーゲルの弁証法
弁証法を哲学の根本原理にまで高めたのはヘーゲルである。ヘーゲルの弁証法は、一般に「正(テーゼ)・反(アンチテーゼ)・合(ジンテーゼ)」の三段階として知られるが、ヘーゲル自身はこの図式をほとんど用いていない。ヘーゲルの弁証法の核心は、あらゆる概念や存在が内在的な矛盾を含んでおり、その矛盾が自己展開の原動力となって、より高次の統一(止揚、Aufhebung)に至るという運動の論理である。
止揚(Aufhebung)はヘーゲル弁証法の鍵概念であり、「否定する」「保存する」「高める」という三つの意味を同時に含む。対立する二つの契機は、止揚によって否定されると同時に保存され、より高次の統一のうちに包摂される。例えば、『精神現象学』における意識の弁証法では、感覚的確信が知覚に、知覚が悟性に止揚されていく過程が描かれる。
ヘーゲルの『論理学』では、存在(Sein)と無(Nichts)という最も抽象的な概念の対立から出発し、両者の止揚としての生成(Werden)に至り、以後さまざまな論理的カテゴリーが弁証法的に展開されていく。最終的に、絶対的理念がすべての矛盾を統合した完全な自己認識に到達する。ヘーゲルにとって弁証法は、単なる思考の方法ではなく、実在そのもの(精神・歴史・自然)の運動法則である。この観念論的弁証法は、形而上学の壮大な体系として構築された。
マルクスの唯物弁証法
マルクスはヘーゲルの弁証法を「頭で立っている」として批判的に継承し、「足で立たせる」=唯物論的に転倒させた。マルクスによれば、弁証法的な矛盾と発展の過程は観念(精神)の自己運動ではなく、物質的な生産力と生産関係の現実的な矛盾に基づいている。
エンゲルスは『自然の弁証法』『反デューリング論』において、唯物弁証法の三つの基本法則を定式化した。第一は「量から質への転化と逆の法則」であり、量的変化の蓄積がある時点で質的転換をもたらすという法則である。第二は「対立物の相互浸透の法則」であり、あらゆる事物・過程が対立する傾向を内含し、その対立が発展の推進力となるという法則である。第三は「否定の否定の法則」であり、あるものがその否定によって否定され、さらにその否定が否定されることで、最初のものが高次の段階で回復されるという法則である。
マルクスは唯物弁証法を資本主義経済の分析に適用した。『資本論』における商品の価値形態論は、商品の使用価値と交換価値の矛盾から出発し、貨幣形態、資本形態へと弁証法的に展開する。資本主義の内在的矛盾(生産の社会的性格と所有の私的性格の矛盾)は、弁証法的必然性をもってその止揚(社会主義革命)に至るとされた。
フランクフルト学派と否定弁証法
20世紀のフランクフルト学派、とりわけアドルノは『否定弁証法』(1966年)において、ヘーゲル弁証法の肯定的・調和的側面を批判した。アドルノによれば、ヘーゲルの弁証法は矛盾を止揚によって統合し、最終的に絶対知に到達するという「同一性の哲学」に陥っている。しかし、アウシュヴィッツ以後の世界において、概念によって回収できない非同一的なもの、概念に還元できない苦痛と差異の次元を忘却することは許されない。否定弁証法は、止揚による和解を拒否し、概念と対象の間の非同一性を持続的に保持する思考の方法である。
弁証法の意義
弁証法は、矛盾を排除する形式論理学的思考とは異なる思考の様式として、固定的な概念を流動化し、対立を創造的な展開の契機として捉える視座を提供する。その影響は哲学にとどまらず、歴史学、社会学、文学批評、科学哲学など広範な学問分野に及んでいる。弁証法的思考は倫理学においても、価値の対立と調停の問題を考察する際に不可欠な視点を提供している。