認識論 - 知識の本質と限界を問う

認識論(Epistemology)は、知識の本質・源泉・範囲・限界を探究する哲学の一分野である。「我々は何を知ることができるのか」「知識とは何か」「信念はいかにして正当化されるのか」といった問いを中心に、人間の認識能力の可能性と限界を体系的に考察する。

古代ギリシャでは、プラトンが知識を「正当化された真なる信念」として定義し、感覚的認識(ドクサ)と理性的認識(エピステーメー)を区別した。アリストテレスは感覚経験を知識の出発点としつつも、普遍的な原理の把握を学問的知識の本質と考えた。古代の懐疑論者たちは、確実な知識の可能性そのものを問い直し、判断の保留(エポケー)を推奨した。

近世哲学において、認識論は哲学の中心的課題となった。デカルトは方法的懐疑を通じて「我思う、ゆえに我あり」という確実な第一原理に到達し、理性による生得観念を知識の基盤とする合理論を確立した。これに対しロックは心を「白紙(タブラ・ラサ)」に喩え、あらゆる知識は経験に由来すると主張する経験論を提唱した。バークリーは存在を知覚に還元し、ヒュームは因果関係の客観的必然性を否定して徹底的な経験論を展開した。

カントは合理論と経験論の対立を超越論的観念論によって総合した。経験は認識の素材を提供するが、その素材を秩序づける形式(空間・時間・カテゴリー)は主観の側にア・プリオリに備わっているとするカントの認識論は、哲学史上の「コペルニクス的転回」と称される。現代の認識論では、ゲティア問題をきっかけとした知識の定義の再検討、信頼性主義、文脈主義など、多様なアプローチが展開されている。