現象学入門 - 志向性・エポケー・生活世界
現象学とは何か
現象学(Phenomenology)は、20世紀初頭にエトムント・フッサールによって創始された哲学的方法・運動であり、意識に現れる現象そのものの構造を記述し、その本質を解明することを目的とする。現象学の標語は「事象そのものへ(Zu den Sachen selbst)」であり、先入観や理論的前提を排して、意識に直接与えられているものを忠実に記述することを要求する。現象学は20世紀の大陸哲学の中心的潮流となり、ハイデガー、サルトル、メルロ=ポンティ、レヴィナスら多くの思想家に受け継がれた。
フッサールの志向性
現象学の最も基本的な概念は志向性(Intentionalitat)である。志向性とは、意識が常に「何かについての意識」であるという構造的特徴を指す。知覚は何かの知覚であり、思考は何かについての思考であり、欲望は何かに対する欲望である。意識は自己閉鎖的な内的領域ではなく、常に対象に向かって超出する運動である。
フッサールは、意識の作用面(ノエシス)と対象面(ノエマ)を区別した。例えば、ある木を知覚するとき、知覚する作用(見る・注意する・把握する)がノエシスであり、知覚において現れる木の意味内容(「緑の葉をつけた大きな樹木」)がノエマである。同一の対象が異なるノエシスの様態(知覚・想像・記憶)によって異なるノエマとして与えられるという構造は、意識と対象の関係を理解する上で根本的に重要である。
エポケーと現象学的還元
フッサールの現象学的方法の核心は、エポケー(epoche、判断中止)と現象学的還元にある。エポケーとは、世界の存在に関する自然的態度(日常的に世界が客観的に実在するという前提)を「括弧に入れ」、判断を保留する操作である。これによって、世界の存在を前提とせずに、意識に現れる現象そのものの構造を純粋に記述することが可能になる。
現象学的還元は、自然的態度から超越論的態度への転換を意味する。自然的態度において我々は世界の中の事物として自己を捉えているが、現象学的還元を遂行することで、世界を構成する超越論的主観性の次元が開示される。フッサールにとって、すべての対象は意識の志向的作用によって構成されるものであり、現象学は意識による世界構成の過程を解明する超越論的哲学である。
この方法論は、デカルトの方法的懐疑と比較されることがあるが、フッサールのエポケーは世界の存在を否定するのではなく、世界の存在を前提としない態度への移行である点で異なる。
生活世界
後期フッサールは『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』(1936年)において、生活世界(Lebenswelt)の概念を展開した。生活世界とは、科学的な理論化に先立って、我々が日常的に経験し生きている具体的な世界である。近代科学は数学的理念化によって生活世界を抽象化し、数量化可能な性質のみを「客観的実在」として取り出すが、科学的世界像そのものは生活世界における経験を基盤として成り立っている。
フッサールは、近代ヨーロッパの諸科学がこの生活世界の基盤を忘却し、科学的世界像を唯一の実在と見なす「客観主義」に陥っていることを「危機」として診断した。現象学の課題は、科学的認識の前提となっている生活世界への回帰を通じて、学問の根拠を再建することにある。この生活世界の概念は、認識論のみならず社会科学の方法論にも大きな影響を与えた。
ハイデガーの解釈学的現象学
ハイデガーはフッサールの現象学を根本的に変容させ、解釈学的現象学を展開した。フッサールが意識の志向的構造の記述を目指したのに対し、ハイデガーは人間存在(現存在)の存在様式の解釈を現象学の課題とした。『存在と時間』(1927年)において、ハイデガーは現存在の基本構造を「世界内存在」として解明し、人間が常にすでに世界の中に意味的な関連の全体の中で生きていることを示した。
ハイデガーにとって、理解(Verstehen)は認識の一方法ではなく、現存在の存在様式そのものである。人間は自らの可能性を了解しつつ世界を解釈する存在であり、前理解の構造(先持ち・先見・先把握)を離れた「無前提的な」認識は存在しない。この洞察は、フッサールの超越論的主観性の立場とは異なり、解釈の歴史性と有限性を積極的に引き受けるものである。
メルロ=ポンティの身体性の現象学
メルロ=ポンティは『知覚の現象学』(1945年)において、身体を意識と世界の媒介項として位置づけた。フッサールが超越論的意識を出発点としたのに対し、メルロ=ポンティは「生きられた身体(corps vecu)」の経験を現象学の基盤とした。身体は単なる物理的対象ではなく、世界を知覚し、行為し、意味を了解する主体としての「固有の身体(corps propre)」である。知覚は身体を通じた世界への能動的な関与であり、世界と身体の間の相互的な関係の中で成立する。
現象学の広がり
現象学の方法は哲学にとどまらず、心理学(現象学的心理学)、社会学(シュッツの社会的世界の現象学)、精神医学(現象学的精神病理学)、建築学、看護学など多様な学問分野に応用されている。レヴィナスは現象学を倫理学の方向に展開し、「他者の顔」との出会いにおける無限の責任という倫理学的主題を開拓した。現象学は形而上学の伝統的問題群を刷新しつつ、現代哲学における最も実り豊かな方法論の一つであり続けている。